「たゆたえども沈まず」の作者は、
カルチャーライターとしても活躍する
原田マハさんです。
「たゆたえども沈まず」は、
2018年本屋大賞で第4位に選ばれています。
美術作品や画家を題材にした作品で知られ、
2012年に「楽園のカンヴァス」で
山本周五郎賞を受賞したほか、
2016年には「暗幕のゲルニカ」で
直木賞候補にも選ばれています。
「たゆたえども沈まず」は、
19世紀後半のパリを舞台にした
アート・フィクションです。
明治時代にパリに渡った日本人の画商・林忠正と、
オランダ人の画家・ゴッホを中心に、
それを取り巻く人々の姿を描いています。
実在の人物や歴史を踏まえて書かれた作品で、
重厚感がありながら読みやすく、
美術に詳しくない方でも楽しめる作品となっています。
当時のパリの街並みや空気を感じられ、
19世紀のパリにタイムスリップしたような
感覚を味わえます。
目次
野心にあふれた日本人画商
19世紀後半、栄華を極めるパリの美術界。画商・林忠正は助手の重吉と共に流暢な仏語で浮世絵を売り込んでいた。野心溢れる彼らの前に現れたのは日本に憧れる無名画家ゴッホと、兄を献身的に支える画商のテオ。その奇跡の出会いが"世界を変える一枚"を生んだ。 読み始めたら止まらない、孤高の男たちの矜持と愛が深く胸を打つアート・フィクション。
中心的な登場人物の1人、
林忠正は実在の人物です。
「若井・林商会」の社長です。
周囲の反対を押し切ってパリへと渡り、
日本美術を扱う画商をはじめたのでした。
それを追ってパリに渡った青年・加納重吉は、
パリへの強い憧れを胸に、
「若井・林商会」の専務として
林のもとで働くことになります。
当時のパリは「ジャポニスム」旋風が吹き荒れており、
日本画や浮世絵が大人気となっていました。
重吉は、浮世絵が高値で飛ぶように売れていくところを
目にして驚きます。
当時の日本では、浮世絵に価値があるとは
思われていなかったのでした。
その一方で、パリの人々にとって日本人は珍しく、
街を歩けば奇異の目にさらされます。
西洋人風に帽子をかぶってフロックコートを着ても、
東洋人は体も小さく、肌の色も違うため、
どうしても目立つのです。
パリに来た重吉に、
林は「へこへこお辞儀ばかりしないように」
と忠告します。
文化や習慣、言語の違いにぶつかりながらも、
決して諦めない林たちの姿に背筋が伸びます。
きらびやかなパリ美術界の舞台裏
画商から絵を買っていくお金持ちの人々が全員、
確かな鑑賞眼を持っているとは限りません。
オランダ人の画商・テオ(テオドール)は、
「グーピル商会」で働く画商です。
機転が利き、絵を売ることに天性の才のある青年ですが、
自分が本当に売りたい絵を売れるわけ
ではありませんでした。
ときには、自分には価値のないようなものでも、
巧みに売り込む必要があるのです。
テオの働く「グーピル商会」は、
画家の名前と権威を最優先にして絵を仕入れ、
金持ちたちに売りさばいています。
当時のパリでは、モネなどで知られる印象派が登場
したころでしたが、
「グーピル商会」は「あんなものは絵ではない」として、
見向きもしません。
しかし、テオは密かに印象派の絵に感動し、
価値を見出しています。
テオの兄は、かの有名な画家・ゴッホです。
テオは、兄であるゴッホの絵に高い価値があるのでは
ないかと期待を抱いていますが、
無名の兄の絵を「グーピル商会」に置ける可能性が
低いこともわかっていました。
「芸術の価値とはいったいなんなのだろう」
と考えながら読むのもおもしろいです。
ゴッホとその弟・テオの強い絆
ふさぎがちで気性の荒い画家・ゴッホを
支えたのは、画商の弟・テオでした。
ふたりは兄弟という枠を超え、
絵を通して、
互いにとってかけがえのない存在となっていきます。
ゴッホは同じ場所にはとどまらずに
絵を描いていましたが、
ふらりとパリにいるテオのもとを訪れます。
絵と向き合い、苦しむ姿を知っていたテオは、
兄が変わりたがっているのだということを感じとります。
一方で、2人の関係は矛盾に満ちています。
テオはゴッホの絵が並外れて優れていることを
確信していながら、
世間がなかなかそれに気づかないことに
苛立ちを覚えています。
ゴッホは、テオの稼ぎで絵具や道具を買い、
ときには飲んだくれていることもあるのに、
テオが「金持ちに絵を売りさばく商売」で
金を稼いでいることが気に入りません。
兄に何を言われても、テオはぐっとこらえて我慢してきた。血を分けた肉親だからという以上に、画家としてのフィンセントの未来に賭けていたからだ。
が、その夜、ついに限界がきてしまった。(中略)
「――行っちまえ! 酒場へでも、どこへでも……もう帰ってくるな!」
(原田マハ「たゆたえども沈まず」幻冬舎文庫)
2人の関係がどう変化するのかにも
注目しながら、ぜひ読んでみてください。
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