【感想】『文学少女対数学少女』あらすじ!陸秋槎の本格百合ミステリ

 

今回ご紹介する一冊は、

陸秋槎(りく・しゅうさ)

『文学少女対数学少女』です。

 

「後期クイーン的問題」という言葉を

どこかでお聞きなったことはありますか?

よく知っている、

と言う方はミステリマニアでしょう。

 

あまりくだくだしい議論は、

本稿に似つかわしいとは思えませんので、

思いっきり雑なまとめ方をすると、

 

多くのミステリは探偵によって

「事件の真相」提示されること

によって終わりますが、

それがほんとうに真相であることを

(間違っていないことを)、

物語はどのようにして担保するのか、

という問題です。

 

この問題を語る上での必読書は言うまでもなく、

エラリー・クイーンの

『ギリシャ棺の秘密』でしょう。

 

おそらくは若き日のエラリーの勇み足

を描くという作者の意図があったのでしょう、

この物語の中ほどで、

エラリーは真犯人の残した

ニセの手掛かりに翻弄されて、

間違った推理を披露してしまいます。

 

ですから「後期クイーン的問題」は

ニセの手掛かり問題として、

矮小化して語ることも可能です。

 

作中に現れる手掛かりが、本物か、

偽物か、作中人物である探偵に

判定することは果たして可能か?

おそらく不可能だろう、

なぜならと言う議論です。

 

『文学少女対数学少女』は、

端的な犯人当てパスラーである

作中作の周囲で、

登場人物たちが、明らかに

「後期クイーン的問題」の影響下にある

ミステリ談義(もっぱら推理の無矛盾性の問題)

を交わすという、メタミステリの連作集です。

 

さらにタイトルにある

「数学少女」韓采蘆(かんさいろ)を

「探偵役」に配して、

「メタ数学の思考によって推理小説における

謎解きを再構築しようとする」

(原著から転載された本書の巻末解説から)

野心作でもあります。

 

では前置きはこの辺で。


陸秋槎『文学少女対数学少女』 連続体仮説

 

高校2年生の〝文学少女〟陸秋槎は自作の推理小説をきっかけに、孤高の天才〝数学少女〟韓采蘆と出逢う。彼女は作者の陸さえ予想だにしない真相を導き出して……〝犯人当て〟をめぐる論理の探求「連続体仮説」、数学史上最大の難問を小説化してしまう「フェルマー最後の事件」のほか、ふたりが出逢う様々な謎とともに新たな作中作が提示されていく全4篇の連作集。華文青春本格ミステリの新たなる傑作! 解説:麻耶雄嵩

 

校内誌の編集をしている高校二年生の

「文学少女」陸秋槎(作家と同名の登場人物)は、

掲載した犯人当ての懸賞小説の犯人が、

実は一人に絞りきれなかったことが

分かって衝撃を受けます。

 

そこで次作の掲載前に、

自分よりずっと頭のいい人に

チェックしてもらいたいと思います。

 

彼女が白羽の矢を立てたのが、

天才と呼ばれ、奇行で知られる

「数学少女」の韓采蘆。

 

奇人ではあっても人嫌いではなかった

(むしろ人付き合いに飢えてた?)

韓采蘆と、案外あっさり打ち解けられた

陸秋槎は早速自作の小説を

読んでもらうのですが……。

 

小説の中身は作曲家が一軒家で殺され、

容疑者は六人のみ、

ここから消去法で犯人は絞り込める、

はずなのですが、

韓采蘆に次々とそのロジックの甘さ

を指摘されてしまいます。

 

そして韓采蘆が最後に持ち出すのが、

ニセの手掛かり問題つまり狭義の

「後期クイーン的問題」です。

 

あえて「後期クイーン的問題」

とは明言されませんが。

 

さらに彼女は連続体仮説の証明問題や

カントールの対角線論法を持ち出して、

推理の完璧性が、

その系の内部だけでは担保されないこと

を語るわけです。

 

ちなみにツェルメロ=フレンケルの公理系に、

選択公理を追加することで起きる、

「ぎょっとするような」パラドクスとは、

バナッハ=タルスキの豆粒から太陽のあれです。

 

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陸秋槎『文学少女対数学少女』 フェルマー最後の事件

 

ある国際的な数学大会で入賞した褒美として、

フランス旅行を送られた韓采蘆に、

同行することとなった陸秋槎。

 

他の大会参加メンバーとともに、

「最後の定理」で知られる

数学者フェルマーの史跡をめぐるのですが、

その最中、

陸秋槎に「最後の定理」を説明するために、

ここでは韓采蘆がミステリ小説を用意するのです。

 

フェルマーの「最後の定理」はその内容より、

フェルマーが〝証明を見つけた〟と言う、

人騒がせな書き込みだけを残して、

〝余白が狭すぎて書ききれない〟と

肝心の証明は残さなかったことで

知られています。

 

韓采蘆のミステリでは、

フェルマーが探偵役として、

殺人事件を解決しようとするのですが、こ

れをどう「最後の定理」と

結びつけるかがミソ。

 

最初の「連続体仮説」と違って、

ここでは外側の世界でも事件が起きるのですが、

お話の重点はやはり作中作の方ですね。

 

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陸秋槎『文学少女対数学少女』 不動点定理

 

退屈な夏休みの最中、

韓采蘆から(殺人事件の舞台にふさわしい)

本物の洋館に招待された陸秋槎。

 

そこで韓采蘆が家庭教師を努めている

お嬢さんを紹介されるのですが、

彼女はなぜか取って付けたような

離れで暮らしています。

 

そして、お嬢さんが館の住人をモデルに

書いたミステリを読んで、

添削することになるのですが、

作中での被害者はお嬢さん自身でした……。

 

今回のミソは二人がこの作中作を

解かないことでしょう。

 

犯人を指摘せず、トリックを暴かないで

ミステリを読み解くことは可能かという

議論にお付き合いください。

 

もっとも、ホントのハイライトは

お父さんの「秘蔵」ビデオを見て研究したと言う、

家庭教師ファッションで現れる

韓采蘆でしょうか。

お父さん、そういう趣味なんだ(恥)。

 

 

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陸秋槎『文学少女対数学少女』 グランディ級数

 

先輩に頼まれて、

自作の犯人当て小説を持って、

ミステリファンの集いに参加した陸秋槎。

 

韓采蘆も加わって、

大いにミステリ談義は

盛り上がるのですが、

集いが行われていた喫茶店で、

ついに(?)殺人事件が起きてしまう……。

 

作中作もこれまでの中で、

もっとも凝った作品なのですが、

ついに起きた殺人事件が、

とんでもない解かれ方をする点

がやはりミソでしょうか。

 

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陸秋槎『文学少女対数学少女』 アステリズムに花束を

 

ここまで書いてきて、本書に関して、

妙に堅苦しい印象を与えてしまった

のではないかと少し心配です。

 

本書はミステリについての思考を

期待するメタミステリ集である同時に、

典型的なガール・ミーツ・ガール

の物語でもあります。

 

陸秋槎はなにせ、本邦初の

百合SFアンソロジー『アステリズムに花束を』

に参加した経緯を、

自ら「強要」(『ベストSF2020』(2020/竹書房)

に寄せた「あとがき」より)

と書く筋金入りです。

 

本文中にも吉屋信子さんの

『花物語』への言及があったりして、

ホント好きなんだろうなあ。

 

 

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