今回ご紹介する一冊は、
蝉谷 めぐ実(せみたに めぐみ) 著
『化け者心中』でございます。
この著者なんと本作がデビュー作。
しかし、その文体、展開、表現全てが
それとは思えないほどの傑作。
「超大型新人デビュー」と帯にありますが、
まさにその通りでした。
ベテラン作家人も大絶賛のようですね。
今作満場一致で新人賞を
受賞したのも頷けます。
時代は江戸時代、文政。
多くの人々が、歌舞伎に夢中になる時代。
当時の世相の参考として貴重な
「世事見聞録」にも、
当時歌舞伎がいかに人々を
魅了していたかが書かれています。
『化け者心中』は、そんな時代の物語。
それを28歳の、しかも女性が書いた
となるから意外や意外です。
しかし、作者プロフィールを読んで納得、
なんと彼女早稲田大学卒論で
歌舞伎をテーマにしていました。
本作を読んでいる時は、
まぁ40~50代の作者
なんだろうなと思いきや、
この世界観を28歳で書き上げるとは。
安い言葉ですが、
天才作家と呼んでもいいのでは
と思ってしまいます。
辻村深月氏曰く
「早くもシリーズ化希望!!」ですが、
私もまったく同意見。
それでは内容紹介していきます。
蝉谷めぐ実『化け者心中』が、
こちらですぐに読めますよ♪↓
目次
蝉谷めぐ実『化け者心中』 最高なのは、言葉のリズム
その所業、人か、鬼か――規格外の熱量を孕む小説野性時代新人賞受賞作!
その所業、人か、鬼か――規格外の熱量を孕む小説野性時代新人賞受賞作!
江戸は文政年間。足を失い絶望の底にありながらも毒舌を吐く元役者と、彼の足がわりとなる心優しき鳥屋。この風変りなバディが、鬼の正体暴きに乗り出して――。
この作品の何が良いって、
言葉のリズム。
それが、江戸時代、且つ歌舞伎
というとっつきにくいテーマに
読者をのめり込みやすく
しているのです。
リズムがいいから、「べべん!」
という歌舞伎の拍子も
聞こえてきそうな勢いでした。
場面が変わるたびに、
「べべん」と自分勝手に心の中で
調子を取っていた、
そんな読者が他にもいるはずだ
と思っています。
さて、この本の内容ですが、
時は人々が歌舞伎に狂乱していた
江戸は文政の時代。
歌舞伎や見慣れぬ装飾品の名前が多くて
読んでいてつらいと思う事もありますが、
面白くなってくるのは中村座という
歌舞伎の劇場に、
6人の歌舞伎役者が集まってからです。
その6人は、一癖も二癖も三癖もある、
歌舞伎役者達。
その6人の台帳読み(台本読み)の席で、
その内1人が暗闇に乗じ鬼に食われ、
取って代わられたというのです。
6人の内、鬼はだれか?
その鬼を探ってくれと頼まれるのが、
藤九郎と田村魚之助(たむらととのすけ)。
この2人が、本作の主人公です。
藤九郎は「百千鳥」という鳥屋を営んでおり、
歌舞伎は好きですが
そこまでのめり込むことはない心優しい青年。
対する魚之介は、かつて一世を風靡した女形。
しかし3年前に贔屓の客に足に傷をつけられ、
両足とも切り落とすことになって
檜舞台から退いていました。
今の言葉で言うのなら、
魚之助は脚こそないもののイケイケ。
対する藤九郎は、嫌々ながら
その魚之助の足となり、
所狭しと6人の役者達の本性を
暴いていくのです。
蝉谷めぐ実『化け者心中』 化け「者」心中
なぜ化け物ではなく、化け者なのか。
なるほど読んでいけば分かります。
役者になり変わった鬼を探す2人ですが、
その途中で様々な事件が起こります。
ある者は誰々がネズミを生で
むしゃむしゃ食べるのを見たと言い、
ある者は赤く長い爪の男を見たと言う。
そして毒を盛る者も現れ、
いったい誰が鬼なのか、
そもそも鬼とは人なのか、鬼そのものなのか。
結論から申し上げると、
2人が探している鬼は、
まさに化け物の鬼そのものです。
しかし、歌舞伎役者達の心に潜む妬み、
嫉妬、向上心が、彼らに鬼のような邪悪さを
もたらすこともこの物語は解いています。
いや、邪悪というのは語弊がある。
歌舞伎の世界は常人には相容れぬ世界。
芸のためには、
いかなる事も犠牲にする人間たち。
彼らは全て芸のため、善悪も、性別も、
虚実も全て曖昧になっていく。
魚之助がいい例です。
さすが一世を風靡した女形。
常日頃より女であることを意識し、
服がはだければまず胸を隠す。
そして、生理のような腹痛も
月一でくるようになる。
超が付くほど徹底したプロ意識
とでもいいましょうか。
一般読者は、藤九郎の目線で
この世界を見ると思います。
芸と現実、男と女の区別もつかないなど
狂気の沙汰だと。
しかし、歌舞伎の世界は鬼の世界。
人が鬼になる世界。
まさに化け者蠢く世界だったのです。
蝉谷めぐ実『化け者心中』 藤九郎と魚之助の掛け合いが妙
このコンビは是非とも
シリーズ化してほしいですね。
魚之助と藤九郎の、
イキの良い江戸言葉が
読んでいて実に心地いい。
上述しましたが、この本で楽しむべきは、
絶対に言葉全体のリズムです。
こんなコンビどこかにいたなと
思いをはせれば、
以前このブログでも紹介した
桑原と二宮の疫病神コンビですね。
こちらもイキのいい大阪弁と、結構な共通点。
この魚之助、藤九郎コンビが、
末永く続いてくれることを祈るばかりです。
最後に感銘を受けた点を一つ。
人と鬼の違いです。
人は、己の評価、地位、恋路、嫉妬、向上心
のために他人を陥れることが出来る。
歌舞伎のような狂った世界に
いたならなおさらです。
しかし、鬼は純粋。
「人を食う」という目的のみが
鬼にはあり、
人のような複雑な表情は
見せることがない。
だからこそ魚之助は、
鬼が誰に取り変わったか
探し当てるわけなのですが。。
鬼と人、どちらが恐れるべき存在なのか、
そんな事を考えさせられます。
今の現実社会にも、
十分にあてはめられる作品。
これはお勧めしたい一冊でした。
是非ごひいきに!
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