今回ご紹介する一冊は、
川上 未映子 著
『夏物語』です。
この物語には、人が生まれて生きて、そしていなくなることの、すべてがある。
『夏物語』は、
『乳と卵』で
第138回芥川賞を受賞し、
ミュージシャンとしても
活動していた
川上未映子の一作です。
2020年には本屋大賞で第7位
になり、
十数か国以上で翻訳されるなど、
多方面で高い評価を
受けています。
この作品が読者に
問いかけるのは、
「生命倫理」という
デリケートで難しい問題です。
安楽死や人工授精などが
科学の進歩により
現実的なものとなった今こそ、
考えるべき問題だと
言えるでしょう。
また、貧困や性などの
現代社会における
様々な問題を描いており、
読み進めているうちに、
そういった問題についても
考えさせられます。
繊細な筆致がその内容に
説得力を持たせ、
一文一語が読者に
語り掛けてくる、
まさに感動の大作です。
普段、何気なく送っている人生、
あたり前だと思っている命を、
改めて認識させて
くれます。
目次
川上未映子『夏物語』あらすじ
世界十数ヵ国で翻訳決定!
生まれてくることの意味を問い、人生のすべてを大きく包み込む、泣き笑いの大長編。
著者渾身の最高傑作!大阪の下町に生まれ育ち、小説家を目指し上京した夏子。38歳になる彼女には、ひそやかな願いが芽生えつつあった。「自分の子どもに会いたい」――でも、相手もおらんのに、どうやって?
周囲のさまざまな人々が、夏子に心をうちあける。身体の変化へのとまどい、性別役割をめぐる違和感、世界への居場所のなさ、そして子どもをもつか、もたないか。悲喜こもごもの語りは、この世界へ生み、生まれることの意味を投げかける。
パートナーなしの出産を目指す夏子は、「精子提供」で生まれ、本当の父を探す逢沢潤と出会い、心を寄せていく。いっぽう彼の恋人である善百合子は、出産は親たちの「身勝手な賭け」だと言う。
「どうしてこんな暴力的なことを、みんな笑顔でつづけることができるんだろう」
苦痛に満ちた切実な問いかけに、夏子の心は揺らぐ。この世界は、生まれてくるのに値するのだろうか――。芥川賞受賞作「乳と卵」の登場人物たちがあらたに織りなす物語は、生命の意味をめぐる真摯な問いを、切ない詩情と泣き笑いの極上の筆致で描き切る。
ページを繰る手が止まらない、エネルギーに満ちた世界文学の誕生!
* * * * * *
生まれることに自己決定はない。だが産むことには自己決定がある。この目も眩むような非対称を、
どうやって埋めればよいのか? 母になる女たちは、この暗渠をどうやって越したのか? どうすれば、そんな無謀で勝手な選択ができるのか? 作者は、「産むこと」の自己決定とは何か? という、怖ろしい問い、だが、これまでほとんどの産んだ者たちがスルーしてきた問いに、正面から立ち向かう。
――上野千鶴子(「文藝」秋季号)笑橋で今日も生きる巻子の、物語終盤での言葉に、誰もが泣くだろう。(中略)
この作品は間違いなく傑作である。
――岸政彦(「文學界」8月号)この作品は、全方向からの意見に耳を傾けているような、極めてフェアな作りになっている。
それも生殖医療を論じる難しさの中で、
子どもを持つ、というシンプルな願いをどう叶えるかと、模索した結果であろう。
川上未映子は、難しいテーマを、異様な密度で書き切った。
――桐野夏生(「文學界」8月号)これ以上ないほどシリアスな倫理問題を扱っているが、
大阪弁を交えた語りやセリフの爆発的な笑いの威力よ。
破壊と創造を同時になしとげる川上語も堪能されたし。
――鴻巣友季子(「毎日新聞」7月28日書評)* * * * * *
大阪から上京し、
安アパートに暮らす
夏目夏子という女性が
主人公です。
彼女は小説家を志し、
文章を書いたり
しているのですが
結果は実らず、
アルバイトで生計を
立てていました。
そんな彼女のもとを、
ある日年の離れた姉が
大阪から訪ねてきます。
姉には今年で
小学校6年生になる娘
がいたのですが、
なんと半年前から
まったく口を聞いて
いないのです。
しかしそれは
顔を合わせていない
わけではなく、
話しかけると筆談で
応じるのですが、
声は出さない
とのことでした。
そんな姉と姪と二日過ごし、
いろいろな話を
聞いたりしているうちに、
彼女の心境にも
様々な変化が訪れるのです。
数年後には、
彼女の考えごとはもっぱら、
子供に関することでした。
といっても彼女には
子供はおろか、
仲のいい異性すらいません。
彼女はパートナーなくして
子供を産むことについて、
真剣に考え、
調べていたのです。
そして彼女は
精子提供で生まれ、
父親の顔を知らない逢沢潤
と出会い、
心を寄せていきます。
作品が投げかける問い
この作品の
最も大きなテーマは、
生命に関することです。
例えば
「子供を産むとはどういうことか」
「生命とは誰のためのものか」。
そういった簡単には
答えの出ない、
なおかつ普段はあまり
考えることのない問題
について、
この作品は私たちに
問いかけます。
主人公である夏子や、
逢沢といった登場人物たち
の関わり、
そしてその心理描写は、
「生命」という複雑な問いを
見事に抉り出します。
しかも、様々な文献を
参考に書かれたこの作品は、
とてもリアリティに富んでいて、
「生命」に関する問が決して
フィクションや
人ごとではなく、
他でもない
自分のことだと
感じさせられるのです。
そして、この作品が
描く問題は、
それだけではありません。
夏子は、とても貧しい
家庭で育ち、
その幼少期は、
まるで見てきたかのように
描写されています。
そういった貧困に
関することについても、
考えずにはいられません。
現代社会は、
そういった諸問題に
あふれていますが、
読了後にはきっと
社会に関する考え方が
変わっていることでしょう。
生きていくにあたって
重要な示唆に富んだ、
一読に値する作品だと
胸を張って
おすすめできます。
川上未映子が紡ぎだす文章の魅力
作品を構成する文章は、
とても繊細で、
帯には「極上の筆致」
という言葉が躍ります。
そして、少し
読み進めるだけで、
その美辞麗句が嘘ではない
ことを悟ります。
その文章こそが、
生命倫理という難しい問題を
問いかけるにあたって、
説得力を持たせて
いるのです。
用いられる比喩は、
とても個性的なものですし、
心理描写も巧みです。
「空はこちらに手をふるように高くなり」
だなんて、
なんてきれいな言葉
の使い方でしょう。
そしてさらに
素晴らしいと思うのが、
人物の外見の描写です。
とりわけ貧困の中に
ある人々の描き方には、
目を見張るものがあります。
写真を見るよりもさらに、
彼らの置かれている現状や、
抱いている思いが
伝わってくるようです。
さすがは芥川賞作家、
と舌を巻かずには
いられません。
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