今回ご紹介する一冊は、
青本 雪平(あおもと ゆきひら)著
『人鳥(ペンギン)クインテット』
です。
これはなかなか、
これまでにない感覚の小説です。
短編小説『ぼくのすきなせんせい』で、
第3回大藪春彦新人賞を受賞した、
今、大注目の作家・青本雪平氏の
長編デビュー作
『人鳥―ペンギン―クインテット』。
サスペンス小説なのに、
おどろおどろしい感じがしないのは、
「ある日起きると、祖父がペンギンになっていた・・・」
という唐突すぎる設定
のせいでしょうか。
あるいは、
ぎっしり詰め込み過ぎない文章の
余韻のせいでしょうか。
取調室のシーンから始まるのに
切迫感や緊張感も薄く、
サスペンスのどろどろとした感じが
苦手な方にも読みやすいと思います。
独特の世界観で最後まで楽しめて、
しかもどうしたって次が気になる展開
なので一気読み間違いなし。
青本さんは、
今後が非常に期待されている
新人作家のお一人です。
ペンギンが好きな方、気になる方、
そうでない方もぜひ騙されたと思って、
この秋の超オススメの一冊です。
目次
青本雪平『人鳥クインテット』 あらすじ
ある日、祖父はペンギンになった。
そして僕は今、取調室にいる――。独特の空気感のある作品。
私には絶対に書けないタッチで人物が描写され、嫉妬すら覚える。
作家・赤松利市説明し過ぎない文章にある想像の余地。残る余韻。
何か気になる……。
彫刻家・吉村浩美闇が深すぎて底が見えない。
心の痛覚を刺激される衝撃のサスペンスです!
文芸編集部編集長ある日起きると、祖父がフンボルトペンギンになっていた。この異常事態をなぜかすんなり受け入れた柊也は、ペンギンを祖父として世話をすることにする。身寄りはなく、その上引きこもりの柊也。誰にも相談できないまま、一人と一匹の閉じられた世界は平穏に続いて行くかに思われた。しかし、一人の少女との出会いをきっかけに、柊也の日々に亀裂が入り始めて……。
第三回大藪春彦新人賞受賞者長篇デビュー作
主人公の柊也は17歳。
取調室にいます。
高校2年生のはずですが、
学校へは行かず引きこもりの日々
を送っていました。
取調室で柊也は、
目の前の刑事に話します。
ある朝目覚めると、
共に暮らしていたじいちゃんが
ペンギンになっていた、と。
それからというもの、
柊也の生活は一変しました。
ペンギンの世話に開け暮れるようになり、
じいちゃんが営むアパートに
母親と一緒に住んでいる
小学生の少女・晴が、
毎日通ってくるようになりました。
晴もやはり、
学校には行けていません。
そんな晴を、
一日の終わりにアパートまで
送り届ける柊也は、
1階に住む菜月と
知り合うことになります。
菜月には秘密がありました。
いつしか柊也は、
アパートへ晴を送るたび、
菜月に会えるのを
楽しみにしていました。
二人は毎日のように他愛ない会話を
するようになりますが、
一向に距離は縮まりません。
しかしある嵐の夜、
アパートが心配になって訪れてみると、
柊也は信じられない光景
を見てしまうのです。
青本雪平『人鳥クインテット』 行間を読み、余韻を楽しむための小説
柊也は、今どきの草食系の17歳男子。
晴はまた今どきの、
ちょっとおマセな10歳の少女。
7歳の年齢差を感じさせない
二人のやりとりは、
まるで目の前でそれが
繰り広げられて
いるかのようにリアルです。
単語だけ、もしくは短い文だけの
会話が多いですが、
それで十分です。
この作品は、人物描写のほか、
心理や背景などの描写においても、
全体を通して説明文的になっていません。
これほどまでに「行間」に
読み応えのある小説、
文章の余韻が深い小説は、
他にあったでしょうか。
ぜひ、想像力をふんだんに
働かせながら読んで頂きたい作品です。
それを楽しむための小説と
いえるかもしれません。
だいたい、じいちゃんが
ペンギンになっていた、
という時点でファンタジーかと思いきや、
実はサスペンスという、
それでもすんなり受け入れられてしまう
不思議な世界観。
非現実感をともなった
日常のアルアル感。
そこに違和感を感じさせないのは、
青本さん独自の筆致のなせる技でしょう。
一言一言が意味深で、
ラストも・・・。引きずります。
青本雪平『人鳥クインテット』 人や物事としっかり向き合っていますか
人と深く関わり合うのが面倒くさい、
表面的にうまくいってさえいれば良い、
自分のことにもそんなに
深く踏み込んでほしくない、
世の中、そんな人が増えているように
思います。
逃げられる環境、籠れる場所が
いくつかあるのは大事なことですが、
そこに浸りきってしまう危険性も、
特にこのコロナ禍では
実感する部分です。
自分のことにしか関心がない、
いえ、自分のことさえ興味がない。
現実に目をつぶり、
このままではいけないのは
わかっているけど、
だからといって、
どうしたらよいのかはわからない・・・。
主人公の柊也はそんな17歳です。
幼なじみの宗像からは、
「ちゃんと向き合えよ」と
時折、噛みつかれ、
年上の菜月には、
20歳になったらジャンプしろよ!
と何度も言われます。
しかしジャンプをしたまま
戻ってこられなかった自分を、
菜月は悔やんでもいます。
駄菓子屋のブルも、生涯にわたって
妻と向き合えたことは
一度もなかったとつぶやき、
優等生だった同級生の高木さんも
心を閉ざし、
それぞれがみんな闇を抱えています。
人間誰にでも、捨てたい過去、
やり直したい過去があるものです。
避けたいことと向き合うのは
キツイです。
でも、あえてそれをしてみる、と、
何かが変わるかもしれません。
できるだけ顔を上げて、前を向いて、
時には誰かとぶつかってでも、
しっかり人や物事と向き合って
歩んでいけたらいいなと思います。
柊也はある意味、
晴に救われたのではないでしょうか。
それを自覚してかどうか、
晴のことを見守る柊也のまなざしが、
終始やさしさに溢れていたのが
とても良かったです。
果たして、
柊也はジャンプできたのでしょうか。
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