今回ご紹介する一冊は、
伊吹 有喜(いぶき ゆき)著
『犬がいた季節』です。
『犬がいた季節』は、
三重県四日市市周辺が舞台の小説です。
四日市は作者の伊吹有喜さんが育った地。
ものすごく思い入れがあり、
大好きな場所なのだなぁということが、
作品を通じてひしひしと伝わってきました。
伊吹さんは今年、
『雲を紡ぐ』が第163回直木賞に
選出されました。
そちらは盛岡が舞台でしたが、
両作品ともに、
その土地の情景描写が見事
としかいいようがありません。
『雲を紡ぐ』を読んだ時は、
どうしようもなく盛岡に行きたくなり、
今回『犬がいた季節』を読むと、
四日市に飛んでいきたくなりました。
しかもこの作品には、
18歳の青春が散りばめられています。
四日市で高校時代を送ったわけでもないのに、
四日市に行けば18歳の自分を
見つけることができるような気に
さえさせられてしまいます。
そんな、青春時代の輝きと切なさを
あわせ持った、心に迫る物語。
登場人物の誰もが優しいのも、
伊吹さんの作品ならではです。
伊吹有喜『犬がいた季節』が、
目次
伊吹有喜『犬がいた季節』 あらすじ
1988年夏の終わりのある日、高校に迷い込んだ一匹の白い子犬。
「コーシロー」と名付けられ、以来、生徒とともに学校生活を送ってゆく。
初年度に卒業していった、ある優しい少女の面影をずっと胸に秘めながら…。昭和から平成、そして令和へと続く時代を背景に、コーシローが見つめ続けた18歳の逡巡や決意を、
瑞々しく描く青春小説の傑作。
地元で「ハチコウ」と
呼ばれる進学校・八稜高校。
そこに一匹の白い子犬が
迷い込んできました。
1988年(昭和63年)夏のことです。
「ハチコウ」に「子犬」は
冗談のような話ですが、
当時の生徒たちはこの子犬の元の飼い主や、
里親になってくれる人を懸命に探します。
しかしどちらもなかなか見つからず、
ついに校長先生を説得して
学校で飼うこととなりました。
子犬は「コーシロ―」と名付けられ、
積極的に世話をするメンバーで
「コーシロ―会」が立ち上げられました。
以来12年間、コーシローは
生徒たちと共にこの高校で暮らします。
コーシロ―はここで子犬から成犬になり
老犬になっていきました。
その間に、時代は昭和から平成、
令和へと移り変わり、
生徒たちも次々と入れ替わっていきました。
生徒たちの悩める青春時代には、
いつもそこにコーシロ―がいました。
コーシロ―が特に好きだったのは、
「コーシロ―会」初代メンバーのユウカです。
ユウカが卒業した後もずっと、
コーシロ―はユウカの匂いを
探していました。
伊吹有喜『犬がいた季節』 どんな世代の人も青春を蘇らせることができる小説
青春。その言葉の中には、
キラキラや苦しみや迷いや決断や・・・
本当に様々なものが複雑に
絡み合って混在しています。
大人になるために、
誰もが通るそのステージ。
甘酸っぱく、ほろ苦く、
思い出したい人もいれば、
1ミリも思い出したくない人も
いるかもしれません。
ですが、その頃があって
今の自分がいるのは明らかです。
この作品は、嫌でも自分の青春時代を
重ねてしまいます。
小説の舞台は昭和の終わりからスタートし、
同じ土地で生きる高校生たちを
次々と令和まで描き続けています。
それぞれの時代に生きた18歳が
各章ごとに登場し、
それぞれが今のことや進路ことに
悩んだり希望を持ったりしています。
一つの小説の中で、時代の変化が
ここまではっきりとわかるのも面白いです。
今の高校生はほとんどの子がスマホを持ち、
誰かに何か伝えたいことがあれば、
メールやラインで一瞬にして済ませられますが、
昭和の高校生はそういう時、
どうしたのでしょうか・・・。
この作品を読むと、そうだそうだ、
そんなふうだった!と
昭和世代は懐かしく思い出すでしょうし、
令和世代はむしろ新鮮に
感じるかもしれませんね。
その時代ごとに、
実際に起きた出来事や流行った物、
実在した話題の人物なども
忠実に書かれているので、
読みながらまるでノンフィクションかと
錯覚してしまいますが、
フィクションです。
昭和から令和まで、
どの世代の人も自分の18歳を
蘇らせることができるって、素敵です。
伊吹有喜『犬がいた季節』 伊吹さんが書くものはすべてが優しさに満ちている
タイトルにもなっている、
白いふわふわとした毛の「犬」。
コーシロ―と名付けられたこの犬がまず、
とてつもなく良い性格なのです。
コーシロ―目線で書かれている箇所が
いくつかあるのですが、
犬好きの私からしたら、
ここを読むだけでもうキュンキュン
してしまいます。
可愛くて可愛くてたまりません。
コーシロ―のお世話を人一倍担っていた
ユウカもまた、心の美しい優しい子です。
たくさんの高校生が登場しますが、
みんな素直で、
もちろんその時期特有の尖り方や冷たさも含め、
本当に性格がいいのです。
これは思うに、伊吹さんがきっとそういう
優しい方だからなのではないでしょうか。
読んでいて大変安心感があります。
自分も優しい気持ちになれて、
心が落ち着くのです。
この小説の舞台となった、
ご本人の故郷である三重県への愛情も、
並々ならぬものを感じました。
細かい描写が素晴らしいです。
しかも、昭和から令和まで、
その時どきの様子をつぶさに
描き切っています。
物語の舞台背景が、
実際に行ったことのない場所でも、
ここまで現実味を帯びて
映像のように浮かぶ・・・というのは、
伊吹さんの作品の持ち味の
一つだと思います。
その土地に対する思いの深さや、
込められた優しさが伝わり、
行ってみたくてしょうがない
気持ちになります。
これからも日本各地を舞台に、
その土地の風土や文化の美しさを
織り込んだ物語を、
どんどん発表してくださることを
楽しみにしています。
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