伊吹有喜『雲を紡ぐ』あらすじと感想!直木賞候補作「盛岡が舞台のホームスパン物語」

 

今回ご紹介する一冊は、

伊吹有喜(いぶき ゆき)

『雲を紡ぐ』です。

 

今年の第163回直木賞候補

選ばれたこちらの作品『雲を紡ぐ』は、

ホームスパンをめぐる物語です。

 

ホームスパンというのは

【ホーム=家】【スパン=紡ぐ】

という意味で、

昔それぞれの家庭で糸を紡いで

つくった布というのが語源と

なっている言葉。

 

主人公・美緒の祖父が営む山崎工藝舎は、

手作業で羊毛から糸を紡ぎ、

ホームスパンと呼ばれる布を

織りあげている工房で、

岩手県盛岡市にあります。

 

この工房はインターネットで

岩手県の名産を紹介するブログに

取り上げられ、

 

そこには工房の風景について、

宮沢賢治を引用して

「きれいにすきとおった風」と

「桃いろのうつくしい朝の日光」

に満ちた「理想郷」、

「イーハトーブ」であると書かれています。

 

そして祖父・山崎紘治郎が手掛ける

「紘のホームスパン」は

「光を染め、風を織る」布として

人気を博しています。

 

盛岡の美しい風景とともに

繰り広げられるこの物語、

タイトルの『雲を紡ぐ』の意味は

本書を読んでいくとわかります。

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

伊吹有喜『雲を紡ぐ』あらすじ

 

【第163回直木賞 候補作】
「分かり合えない母と娘」
壊れかけた家族は、もう一度、一つになれるのか?

羊毛を手仕事で染め、紡ぎ、織りあげられた「時を越える布・ホームスパン」をめぐる親子三代の「心の糸」の物語。

「時代の流れに古びていくのではなく、熟成し、育っていくホームスパン。その様子が人の生き方や、家族が織りなす関係に重なり、『雲を紡ぐ』を書きました」と著者が語る今作は、読む人の心を優しく綴んでくれる一冊になりました。

 

高校生の美緒は、

自分が学校でイジられていることに

耐えられなくなり、

学校へ行けなくなっていました。

 

高校教師の母と母方の

祖母はそろって、

美緒にもっと強くなるよう

言い聞かせます。

 

父は年ごろの娘にどう接したらいいか

わからず困惑するばかり。

 

美緒はなかなか気持ちを

言葉にできないまま、

ただ自分の部屋で、

父方の祖父母が美緒の初宮参りに

合わせて作ってくれた

赤いショールをかぶっていると

安心するのでした。

 

実はその頃、母も職場で大変な目に遭い、

父も会社でリストラの危機の真っ最中でした。

 

そんなある日、美緒は意を決して、

そのショールを作ってくれた

盛岡の祖父母の元を訪れます。

 

祖母はもう亡くなっており、

そこには染織家の祖父と、

父の従姉とその息子が工房で

働いていました。

 

美緒は東京の高校を休んだまま

工房を手伝いはじめ、やがて見習いへ。

 

しかしこのまま学校をやめて

職人として生きる覚悟までは

なかなか決まらず、

何度も家族や親戚とで

話し合いを繰り返します。

 

そして決めた美緒の道と、

父母の選択は・・・。

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

伊吹有喜『雲を紡ぐ』 家族、親戚、紡ぐものとは

 

美緒の祖父・山崎紘治郎と祖母・香代は、

夫婦でもあるとともに、

山崎工藝舎でホームスパンを作る

最高のパートナーでもあったのに、

 

化学染料を使って染める紘治郎に対して、

植物染料を使うべきだと

異を唱えた香代が家を出て

独立してしまいます。

 

そして独立したまま、

染料にする植物を採りにいった先で

山から転落死してしまった香代のことを、

紘治郎は悔やみきれずに生きています。

 

美緒の両親もまた、

すれ違いやコミュニケーション不足から

離婚を決意し、

美緒の進路が決まり次第離婚の手続きを

することにしていました。

 

紘治郎は信念を貫くことも大事だが、

歩み寄ることが最も重要だと

自身の経験も踏まえアドバイスします。

 

母や母方の目と同じ目の形をした美緒は、

父方の祖母と声がそっくりで、

母方の祖父と同じようにつむじが

二つあります。

 

命は繋げられて生きていることを

嫌でも実感する証拠。

 

作中に繰り返し登場する

「紡ぐ」という言葉は、

布になぞらえて命を指し、

切れても撚ればまたつながる糸というものは、

人との関係のことでもあり、

自分の夢でもあり、

現実生活のことでもあるな、

と思いました。

 

女同士であるがゆえに激しく

醜いケンカをしてしまう母と娘。

 

わかりあえない夫婦。

言葉の足りない父と息子。

 

家族や親戚という狭く窮屈な世界の中で、

それぞれの交錯した思いが

複雑に絡み合って作られていく布、

それこそがホームスパン

なのではないでしょうか。

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

伊吹有喜『雲を紡ぐ』 ものづくりに懸ける思いを盛岡の美しい背景に乗せて

 

物語の舞台は主に東京と盛岡ですが、

その大半が盛岡で、

とにかく美しい風景と勇気を

与えられる岩手山、北上川。

綺麗な水とおいしいコーヒー。

行ってみたくてたまらなくなりました。

 

美緒の祖父の工房や畑、

父の従姉・裕子のアトリエ、街のカフェ。

 

どれもが素敵すぎて、

また、古さの中に新しさを生み出したり、

世界への発信を試みる太一の存在が

非常に良かったです。

 

太一は美緒からみたら親戚のお兄さん。

大学生で、手作りの盛岡マップを作製したり、

布の切れ端で小物を作ってネット販売したりと、

現代っ子ならではの顔を見せています。

 

お互いに恋の対象ではないものの、

意識しあっているあたりが微笑ましく、

軸となる祖父の

「生涯を懸けたものづくり」への情熱に、

明るくやさしい風合いを添えています。

 

自分のショールを一から自分で作りたい

と言い出した美緒に対して

祖父が尋ねることは、

自分の好きな色は何だ?

好きな感触、好きな味、

好きな音、好きな香り、でした。

 

そして

「何をするとお前の心は喜ぶ?心の底からわくわくするものは何だ」

 

と。美緒は当然答えられません。

 

しかしこうして自分を突き詰めて知る、

たくさんの中から選りすぐっていく、

ということが自分の人生を

一生懸命に楽しんで生きる、

ということなんですね。

 

人生は苦行ではない、

と紘治郎のいう

「遊びをせんとや生まれけむ」

には重みを感じます。

 

 

 

 

 

この記事を読んだ方はこちらもオススメです↓

 

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

おすすめの記事