横溝正史『蝶々殺人事件』角川文庫復刊【ドラマ探偵由利麟太郎:7/7,7/14放送話】原作の感想

 

アガサ・クリスティ氏が

まだ若くて筆力が旺盛な頃に、

ポアロ最後の事件(『カーテン』)を書き上げ、

自らの死後出版するよう契約を結んだ

(実際は生前に出版)という話は有名です。

一方、ドイル卿は宿敵モリアーティ教授もろとも、

シャーロック・ホームズにライヘンバッハの滝で

片をつけてしまったものの、

なんだかんだで復活させる羽目になってしまいました。

当時の読者はそれで良かったのかも知れませんが、

引退して養蜂家になった、

なんて探偵の老後を聞かされる側としては、

滝の件は滝の件で置いておいて、

わたし(ワトソン)の手元には彼が残した

未発表の事件の記録がまだどっさり――、

で新作を書いた方が良かったんじゃないか

とも思えます。

横溝氏も同じようなこと思ったのかは知りませんが、

金田一耕助を最後の事件(『病院坂の首縊りの家』)

でアメリカに送り出したあと、

彼は事件の記録をわたしの手元に

まだ残していったとやって、

その後に『悪霊島』を時系列と遡る形で書いています。

かように名探偵最後の事件という奴

は難しいわけです。

ならば横溝氏のもう一人の名探偵由利麟太郎

はどうでしょうか?

彼は恵まれていると言えるかも知れません。

今回御紹介する、

日本ミステリ史に残る名作『蝶々殺人事件』をもって、

由利先生は引退することとなったのですから。

※もっとも書誌的には〝最後の事件〟は後付けのようで、

『蝶々殺人事件』以降に書かれた由利先生ものの短編

が何本か存在するようです。

 

 

 

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横溝正史『蝶々殺人事件』歌姫の失踪

 

原さくら歌劇団の主宰者である原さくらが「蝶々夫人」の大阪公演を前に突然、姿を消した……。数日後、数多くの艶聞をまきちらし文字どおりプリマドンナとして君臨していたさくらの死体はバラと砂と共にコントラバスの中から発見された! 次々とおこる殺人事件にはどんな秘密が隠されているのだろうか。好評、金田一耕助ものに続く由利先生シリーズの第一弾! 表題作他「蜘蛛と百合」「薔薇と鬱金香」を収録。

 

自ら主催する原さくら歌劇団の、

我が儘な女帝として、

あるいは数多くの艶聞に彩られた歌姫として、

常に世間の耳目を集めてきた

「世界的蝶々夫人」こと、原さくら。

大阪公演を前にして、その彼女が失踪した。

また、いつもの気まぐれと周囲が高をくくる中、

届けられたコントラバスケース。

その中には、なんと砂にまみれた歌姫の死体が。

三津木記者を引き連れた由利先生も捜査に乗り出すものの、

コントラバスケースのみならず

謎のトランクまでもが東京=大阪間を行き交い、

犯行場所の特定さえままならない。

そんな中、浮かび上がる数ヶ月前に起きた

流行歌手殺人事件との奇妙な暗合。

更にさくらが抱えていた「秘密」の存在まで。

そして、ついに犯人は第二の犠牲者を

その毒牙に掛けたのだった……。

横溝ミステリのトレードマークとでも言うべき、

おどろおどろしい猟奇性・怪奇味はほぼ封印され、

代わって出てくるのが

まるでエラリイ・クイーンのような論理性

むしろクロフツの名作「樽」

連想すべきなのかも知れませんが。

死体を隠しているのか否か、

移動するトランクによって

殺害場所の想定がクルクルと変わり、

被疑者もまた変わる。

由利先生が真の殺害場所を見抜いたとき、

犯人もまた正体を暴かれるのです。

お話そのものも地道な現場調査と関係者への

インタビューの繰り返しで進みます。

横溝流のパズラーとして、実にスマート。

その分、少し地味なのは否めませんが、

逆にこれも珍しい「読者への挑戦状」まで飛び出す辺り、

やっぱり作者のサービス精神は健在だなと思います。

 

 

 

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LOCKED ROOM MURDER

 

意外なことですが『本陣殺人事件』を

唯一の例外として、

横溝氏のミステリは密室殺人をほとんど扱いません。

膨大な数の短編を網羅する能力は筆者にはありませんから

断言はしませんが、

主要な長編『犬神家』『獄門島』

『手鞠唄』『八つ墓』などを思い浮かべてもらえれば、

大体同意してもらえると思います。

強いて言うなら『悪魔が来たりて笛を吹く』

の玉村伯爵殺しや、

『女王蜂』の開かずの間の殺人くらいでしょうか。

正直、どっちも密室と呼んでいいのか、

困ってしまう程度のトリックです。

こうまでネタをふればもうお分かりでしょうが、

『蝶々殺人事件』の第二の殺人は密室殺人です。

犯行直後の部屋から犯人が一瞬で消えてしまうという、

鮮やかなトリックで、

HOW(どうやって造ったか?)だけでなく

WHY(なぜ、造ったのか?)まで完璧。

純粋にトリックとして完成度だけを取り上げるなら

『本陣』のそれを上回るでしょう。

横溝氏もよほど自信があったのか、

後年の作で再利用までしています。

 

 

 

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蜘蛛三と鬱金香夫人と薔薇郎と

 

文庫には短編が二作併録されています。

どちらも戦前のスリラーで

『蜘蛛と百合』は悪女の色香に迷った三津木記者が、

間一髪のところを由利先生に救助される話。

『薔薇と鬱金香』は人妻に懸想したあげく、

夫を殺したとして、

冤罪で獄につながれた美男歌手の復讐譚です。

どちらもお話より登場人物のネーミングが印象的です。

鬱金香婦人(マダム・チューリップ)に

蜘蛛三に薔薇郎ですから。

なんだかトリップしてしまいそうだ。

 

 

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