著者の上橋菜穂子(うえはしなほこ)は、
1989年「精霊の木」で作家デビューしました。
著書には、「精霊の守り人」をはじめとした
「守り人」シリーズ、
「獣の奏者」シリーズなどがあり、
アニメ化や児童文庫化もされている人気作家です。
2014年には、「小さなノーベル賞」とも言われる
国際アンデルセン賞作家賞も受賞しています。
今回紹介する「鹿の王」は、
一言では言い表せない冒険小説です。
冒険小説でありながら、
医療の物語でもあり、
国家と社会を描いた物語でもあり、
人間の想いにスポットを当てた物語
でもあります。
その「鹿の王」が、
新型コロナウイルスに苦しむ私たちに
希望のメッセージをもたらすと
最近また注目されています。
2015年には本屋大賞の第1位を受賞、
第4回日本医療小説大賞を受賞、
2017年には文庫化、
2019年には続編である「鹿の王 水底の庭」が
出版されており、
読者の皆さんに是非、
読んでいただきたい一冊となっています。
目次
上橋菜穂子『鹿の王』あらすじ
強大な帝国・東乎瑠から故郷を守るため、死兵の役目を引き受けた戦士団“独角”。妻と子を病で失い絶望の底にあったヴァンはその頭として戦うが、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、不気味な犬の群れが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生。生き延びたヴァンは、同じく病から逃れた幼子にユナと名前を付けて育てることにする。一方、謎の病で全滅した岩塩鉱を訪れた若き天才医術師ホッサルは、遺体の状況から、二百五十年前に自らの故国を滅ぼした伝説の疫病“黒狼熱”であることに気づく。征服民には致命的なのに、先住民であるアカファの民は罹らぬ、この謎の病は、神が侵略者に下した天罰だという噂が流れ始める。古き疫病は、何故蘇ったのか―。治療法が見つからぬ中、ホッサルは黒狼熱に罹りながらも生き残った囚人がいると知り…!?
たったふたりだけ生き残った父子と、命を救うために奔走する医師。生命をめぐる壮大な冒険が、いまはじまる―!
この物語の主人公は2人存在します。
1人は、ヴァンと呼ばれる男です。
彼は、東乎瑠(ツオル)帝国に侵略された故郷を守るため、
飛鹿(ピユイカ)と呼ばれる鹿を操り、
<独角(どっかく)>と呼ばれる抵抗勢力の頭でした。
戦いに敗れ、奴隷として地下のアカファ岩塩鉱で
働かされていたヴァンでしたが、
岩塩鉱を謎の獣が襲い、
結果としてヴァンだけが生き残ることになり、
ヴァンは岩塩鉱から逃げ出します。
もう1人の主人公は帝国の天才医術師であるホッサルです。
ホッサルは岩塩鉱での大量死の原因として、
かつて1つの王国を滅ぼした病である
黒狼熱(ミツツアル)が獣に噛まれて発症したことを疑います。
そして、逃げ出したヴァンが黒狼熱に
抵抗できる体を持っていると予想し追跡を開始します。
その後、ヴァンの故郷とは異なる民族である
〈火馬の民〉(アフアル・オマ)は、
故郷を取り戻すためヴァンに協力を求めます。
一方、ホッサルは黒狼熱の特効薬の製作に取り組みます。
黒狼熱(ミツツアル)が現在私たちを取り巻く
コロナウイルスを表しているかのようです。
侵略と支配、陰謀、人を脅かす病、家族の営みと、
人々の想いと過去が複雑に絡み合い、
人はなぜ生きているのかということを
考えさせられる物語です。
ストーリーの厚み
上橋先生の魅力は多すぎて語り切れませんが、
敢えてまず挙げるなら、
そのストーリー性だと思います。
普通、小説は1つの題材を描きます。
もちろん「鹿の王」も1つの題材で描かれているのですが、
その描いているものは「世界」そのものです。
過剰な表現を恐れずに言うなら、
まるで、世界を作る「神」です。
その世界にいる多くの人間に同時にスポットを当て、
その人たちの行動と想いが複雑に絡み合います。
そう、まるで現実と同じような世界を一冊の本にした、
そんな壮大な物語が『鹿の王』なのです。
冒険、医療、社会、国家を複雑に絡み合わせ、
そんな中人間と家族の営みを余すことなく描く物語は、
まさに極上です。
本の帯に
「この深淵なテーマと衝撃的なモチーフを傑作エンターテイメントにできるのは、世界中で上橋さん一人だけだ」
と佐藤多佳子さんがコメントを寄せていますが、
まさにその通りだと思います。
ストーリーが重厚すぎて一度読んだだけでは、
筆者は全てを理解することはできませんでしたが、
何度も読み返せる傑作の一冊だと思います。
表現と高い専門性
もう一つの魅力は、
深淵な表現と高い専門性です。
景色はとにかく壮大なのに、
そこに描かれる人間はもちろん、
動物や自然、空気に至るまで、
その情景がはっきりと思い描けるほどに
繊細で深いです。
小説では、地の文と呼ばれる情景などを描いた平文が、
その作品をどれだけ思い描けるかを左右しますが、
『鹿の王』はとにかくその表現が
詳細に描かれているのです。
前述のように主人公が2人いて、
物語の舞台が行ったり来たりするのに、
しっかりとストーリーを追えるのは、
この地の文の繊細で深い表現があるから
だと思います。
また、高い専門性もこの本の魅力です。
専門家の徹底した監修のもと、
物語の根となる医療、
動物の生態などの高い専門性が、
この本の現実味を引き立てています。
物語なのに、
「こんな話、本当にあってもおかしくない」
と思わせてしまうのです。
それが、深い表現で描かれているのですから、
「のめり込むな」と言う方が無理なんじゃないかと
筆者個人としては思っています。
読まれた方も、
「気付けばのめり込んでいた」
という方は多いのではないでしょうか。
あとがきに、書くのに10年以上かかったという
逸話が載っています。
あの上橋菜穂子が10年以上も育てた物語です。
歴史に残る名作を是非、
一度読んでみてはいかがでしょうか。
『鹿の王』アニメが映画化!
上橋菜穂子『鹿の王』が、
アニメ映画として公開されることが
決定しています。
東宝配給にて、
2020年9月18日(金)全国公開予定です。
こちらも合わせて楽しみですね!
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