横溝正史『憑かれた女』角川文庫 あらすじと感想!【ドラマ探偵由利麟太郎:6/23放送話】

 

名探偵の防御率というのをご存じですか?

探偵が事件に関わってから、

何人殺されてしまったかを比べる、

ミステリマニアのお遊びです。

そこでよくやり玉に挙げられるのが

金田一耕助探偵の防御率の悪さ

(そこまでひどくない、という意見もありますが)。

ならば横溝正史氏が産み出した、

もう一人の名探偵・由利麟太郎の防御率は?

と大上段に振りかぶった割には、

筆者にも正確なところは分かりません。

それでも、そんなに悪くはないはずだとは言えます。

なぜなら由利先生の事件への関わり方として、

クライマックス近くに、始めて登場して、

ただ犯人を指摘するだけというパターンが

割と多いからです。

(事件に最初から関わるのは三津木記者で、

どうにもならなくなってから先生を担ぎ出すとか)

せっかくですから、

これも野球用語でクローザー型とでも呼んでおきましょうか。

たとえば『獄門島』の金田一耕助が

クローザーだったとします。

この場合の金田一は、

鐘と和尚と舟に乗るのは

鬼頭千万太の別の戦友に任せておいて、

自分は百日紅の花でものんびり眺めてから、

遅れてくる。

で「犯人はあなたですね」だけやるわけです。

これだと連続殺人に関わっても、

防御率はぐんとよくなる。

なんてね。与太はこのへんで。

今回ご紹介する『憑かれた女』事件にも、

由利・三津木コンビはクローザーとして登場します。

 

 

 

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『首つり船』『幽霊騎手』

ですが、

まずは併録作からやっつけましょう。

『首つり船』は三津木記者が絞首刑台を

備えたランチを駆る、

髑髏面の怪人を川面に追う活劇。

ミステリ的妙味はほぼありません。

もう一つ『幽霊騎手』は紳士怪盗・幽霊騎手が

一千万円(当時)の金塊を巡る、

悪党どもの争奪戦に巻き込まれた美女を

助けて奮戦する娯楽編。

ちなみに由利・三津木コンビは登場しません。

では本編へ。

 

 

 

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『憑かれた女』

 

坂口安吾、絶賛! 金田一耕助ものに続く由利先生シリーズ

自称探偵小説作家の井手江南に伴われ、エマ子は恐る恐る不気味な洋館の中へ入った。そして問題のドアが開かれた瞬間、彼女は恐怖の悲鳴を上げた。部屋の隅に燃えさかる暖炉の中には、黒煙をあげてくすぶり続ける一本の女の腕が! ここ数カ月間、日夜恐ろしい悪夢に悩み続けてきたエマ子は、それが実際の事件として眼前にくり広げられたと知って戦慄した……。名探偵由利先生と敏腕事件記者三津木俊助が、鮮やかな推理を展開する傑作長編、ほか首吊り船/幽霊騎手の2篇を収録。

 

事件の主役はドイツ人の父親を持つ、

十七歳の美少女エマ子。

彼女は、その可憐な容姿に似合わず、

銀座裏の酒場を根城に、愚連隊と付き合い、

その虚栄心を満たすだけの収入を得るために、

身体を使った荒い稼ぎも辞さないという不良少女です。

けれどもそうした乱行が祟ってか、

不気味な幻覚や神経衰弱に苦しめられるようになります。

神経の不調を押して、

海辺へ愚連隊にボスに会いに出かけたエマ子が、

ボスを挟んで恋敵になるみさ子の、

血まみれの姿を幻視したこと、

それがおぞましい事件の始まりでした。

数週間後、正体不明の外人に大金で買われたエマ子は、

目隠しの上でどことも知れぬ館に連れ込まれます。

真夏だと言うのに燃えさかる暖炉、

そこから放たれる強烈な芳香。

そして、館の浴槽に沈んでいたものは、

血に塗れた女の死体でした。

翌朝、意識を失っていたところを、

同じアパートに住む、

自称探偵作家の井手江南(いでこうなん)

に救われたエマ子は、

前夜の出来事が現実のものだったのか

さえ確信が持てません。

ために江南とともに、

自力で問題の館の捜索を始めます。

そして数日後、

ついに突き止めた館で彼女が見たものは、

あの日と同じに浴槽で殺されている女

それはエマ子の幻視した通りに、

みさ子だったのです……。

 

 

 

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掘り出し物

 

発端の怪奇味と結末の合理性が、

よいミステリには必要だと言います。

横溝氏の諸作だけでなく

戦前の怪奇探偵小説の多くは、

発端の怪奇味に欠けることは希ですが、

結末の合理性には問題があることが多い。

細かく言うとHOW(どのようにして)辺りまで

で手一杯で、

WHY(なぜ)は多くほったらかしです。

由利先生ものの代表作『真珠郎』

例に取りましょうか。

日本ミステリ史上屈指と

言っていい書き出しを持つ

『真珠郎』は発端の怪奇味において完璧です。

結末の合理性においても、

犯人がどうやったかまでは説明ができ

ていると思います。

けれど犯人はなんであんな手間の掛かること

をしたんでしょう?

犯人の目的を果たすためには、

もっと簡単な手段があるように思えませんか?

先に述べたようにこうした問題は

戦前の怪奇探偵小説の多くに共通するものです。

では本作は、『憑かれた女』はどうでしょう?

本作ではほとんど同じような殺人が何度も繰り返されます。

それもただエマ子に見せつけるためだけのように。

一体犯人は何のために?

その疑問には由利先生が答えてくれます。完璧に。

クローザーとして登場した先生のある指摘から、

誰がなぜ、こんなことをし、

こんなことが起きてしまったのか。

それが一気に解きほぐされる様は圧巻です。

本作は結末の合理性においても

欠けるところがないのです。

不遜を承知で申し上げますが、

本作は掘り出し物です。

いやーこんな傑作だったとは。

驚いたというのが正直なところ。

読むべし。

 

 

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