乙一『失はれる物語』小説あらすじと感想!「切なさが詰まった乙一らしさ全開の作品」

 

今回ご紹介する一冊は、

乙一(おついち)

『失はれる物語』です。

 

朝日文庫に

『メアリー・スーを殺して』

という短編集があります。

 

乙一/中田 永一/山白 朝子

/越前 魔太郎、以上四氏の

短編を集めたアンソロジーで、

これに安達 寛高氏が解説を加えています。

 

『日本SFの臨界点[怪奇編]』に

収録された中田永一氏の作品解説で、

編者の伴名練氏が「前代未聞」と称した、

このアンソロジー(?)の仕掛けには、

筆者も爆笑した記憶があります。

 

どこがどう「前代未聞」で

爆笑なのかは、

乙一さんの愛読者には

お分かりでしょう。

 

今回ご紹介するのは、

その乙一さんの短編集

『失はれる物語』です。

 

 

 

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乙一『失はれる物語』Calling You

 

目覚めると、私は闇の中にいた。交通事故により全身不随のうえ音も視覚も、五感の全てを奪われていたのだ。残ったのは右腕の皮膚感覚のみ。ピアニストの妻はその腕を鍵盤に見たて、日々の想いを演奏で伝えることを思いつく。それは、永劫の囚人となった私の唯一の救いとなるが……。表題作のほか、「Calling You」「傷」など傑作短篇5作とリリカルな怪作「ボクの賢いパンツくん」、書き下ろし「ウソカノ」の2作を初収録。

 

コミュ障のわたしには

話をする相手もいない。

だから携帯電話も頭の中の空想でだけ

持っていればいい。

 

ところがその空想の携帯に

着信がきた。

 

北海道に住むという相手の少年も、

空想の携帯を使っているのだという。

 

二人のケータイには時差があり、

わたしはなぜか一時間前の彼

と話していた。

 

やがて彼はわたしにとって

掛け替えのない存在になっていった。

 

そして、ついにわたしの住む横浜へ

彼が会いに来る。けれど……。

 

一時間を遡れる、

空想の携帯電話を一種の

タイムマシンと見なせば、

タイムパラドックス系の

SFラブストーリーということに

なるでしょうか。

 

時間SFとラブロマンスの

相性の良さは

つとに言われることで、

「ロマンティック時間SF傑作選」

と冠した『時の娘』(2009/創元推理文庫)

なんてものあります。

 

本作もその相性の良さを

思い知られる作品で、

クライマックスには

胸が締め付けられます。

 

なお2007年に

「君にしか聞こえない」のタイトルで

映画化されています。

 

 

 

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乙一『失はれる物語』失はれる物語

 

気がつけば自分は暗闇の中にいた――。

視覚も聴覚も嗅覚も、

事故で右腕の触覚以外の、

全ての感覚を失い、

指一本だけしか

動かせなくなった自分。

 

ピアノ教師だった妻は、何時か、

自分の右腕をピアノの鍵盤のように

「弾く」ようになった。

 

全ての感覚を閉ざされた世界で、

妻の奏でる「音楽」を聞くことだけが、

自分の日常になった。

 

けれど自分の存在が

彼女の重荷になっているのではと、

自分は考え始め……。

 

全ての感覚を失うというのは

どんな感じなんでしょう?

 

普通に耳が聞こえた頃は

音楽が分からなかった彼は、

右腕の触覚と妻の指を通して、

音楽を理解します。

 

二人が熱愛中の相思相愛カップル

なんかじゃなく、

彼が事故に遭うまでは

ケンカばかりしていた

という設定が効いています。

 

 

 

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乙一『失はれる物語』マリアの指

 

ぼくの街には

大きな二つの陸橋がある。

その一つでぼくが野球部の後輩と、

花火をやろうしてやれなかったり、

花火への参加を姉に

断られたりしてる間に、

もう一つの陸橋では鳴海マリアが

飛び降り自殺をしていた。

 

急行列車に轢かれて

バラバラになった

彼女の指一本だけが見つからない。

 

大学でマリアと同じ

研究室にいた芳和は、

その指を探し求める。

 

彼はマリアにプロポーズをしていて、

オーケーなら送られた指輪をはめると、

彼女に言われていたのだ。

 

けれど、ぼくは知っている。

 

マリアがかわいがっていた猫が、

ぼくのところへ持ってきた指に

指輪ははまっていなかった……。

 

分量的にこの短編集の中で最大で、

かつもっともミステリ色の強い

のが本作です。

 

マリアの死の謎は、

綿密に仕掛けられた手がかりを

回収していく、

ミステリの手続きに

則った形で解消され、

意外な真相が明らかになります。

 

ただ物語の焦点はそこになく、

ぼくの動機、例えば指を探す

芳和の手伝いにのめり込んでいく

理由にあります。

 

それをぼくは、か

つて母親に捨てられた

という喪失感に求めます。

 

故にお話は、

ぼくがその喪失感を

克服する物語となります。

 

けれどその克服は

別の大きな喪失を

通してしか成されない。

 

集中でいちばん苦いお話

かも知れません。

 

 

 

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乙一『失はれる物語』一人称

 

『失はれる物語』

含まれている短編は

全て一人称で書かれています。

 

まだ触れていない短編を

ここで挙げておくと、

他人の傷を自分の身体に移せる

少年を描いた『傷』の一人称は「オレ」。

 

『手を握る泥棒の物語』で、

金を盗むつもりで穴に突っ込んだ手で、

女性の手を握ってしまうのは「俺」。

 

『しあわせは子猫のかたち』

の幽霊(?)と

同居することになるコミュ障の青年の

一人称は「ボク」。

 

ドラえもんを4ページに圧縮したら

こんな感じかも知れない

『ボクの賢いパンツくん』の主人公だけ

が前作と被って「ボク」。

 

で『ウソカノ』の嘘の彼女と

つきあってるうちに人間として

成長してしまうのが「僕」。

 

と言うわけで、

「ボク」が被っているだけで、

あとは全部一人称が変わっています。

 

こういう仕掛けが好きなんでしょうね。

さすがに「前代未聞」とは言いませんが。

 

 

 

 

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