連城三紀彦『運命の八分休符』感想!ミステリマニア必読の隠れた傑作がここに甦る

 

玄人受けという言葉があります。

誰よりも同業者にすごいと言わしめる、

というような意味ですが、

日本のミステリ界で

「玄人受けの作家」と言えば、

その筆頭に名が上がるのが、

ここで取り上げる連城三紀彦氏でしょう。

何よりも超絶技巧を駆使して、

最後の最後で読者にうっちゃりを食わせるような

トリッキーな作風で知られながら、

同時にミステリだからこそ描ける

(あるいはミステリでしか描けない)

恋愛小説の名手でもありました。

『運命の八分休符』はそんな連城氏らしい、

ミステリマニアなら真相を知った瞬間

うならざるを得ないような、

ツイストの効いたミステリでありながら、

恋愛小説でもある連作集です。

またシリーズを通して、同じ探偵役が活躍するという、

連城氏としてはレアな作品集でもあります。

 

 

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名探偵「田沢軍平」

 

困ったひとを見掛けると放ってはおけない心優しき落ちこぼれ青年・軍平は、お人好しな性格が災いしてか度々事件にまきこまれては、素人探偵として奔走する羽目に。殺人の容疑をかぶせられたモデルを救うため鉄壁のアリバイ崩しに挑む表題作をはじめ、数ある著者の短編のなかでもひときわ印象深い名品「観客はただ一人」など五人の女性をめぐる五つの事件を収める。軽やかな筆致が心情の機微を巧みにうかびあがらせ、隠れた傑作と名高い連作推理短編集。

 

岡崎琢磨氏の巻末解説から引用すると

「連城は生涯でいわゆる名探偵の活躍譚を1.5冊分しか書かなかった」

 

そうです。

そうした連城ミステリのレアキャラ・田沢軍平くんは

25歳の無職の青年です。

学生時代は空手をやり、

故に腕っ節は強いのですが、

空手の試合で起こした、

不幸な事故の贖罪のために

今も定職には就いていないと説明されます。

けれどそんなことより彼の場合、

強調されるのは外見がいけてないこと。

ドングリ眼の容姿もそうですが、

ファッションも物腰も、

とても女性にはもてそうにないと強調されます。

もちろん一昔前の名探偵は、

超絶美形の神津恭介が一人浮いてるくらいで、

容姿が残念なのは普通でした。

美形にあらざれば名探偵にあらず、

みたいな風潮は最近の話です。

(関係ありませんが、潮目が変わったのは

建築探偵の桜井京介くんあたりからですかねぇ)

それでも、たとえば金田一耕助を石坂浩二氏はもちろん、

加藤シゲアキ氏が演じても違和感はありません。

横溝氏のイメージにいちばん近かったのは

片岡鶴太郎氏だと言われていてもそうです。

それは容姿があんまり描写されないからでしょう。

少なくとも醜男だなどと繰り返されることはありません。

だから読者の頭の中で美化されてしまう。

それをさせないように、

軍平くんの場合はひたすら醜男だと強調される。

これはやっぱり「男は顔じゃない」

言いたいのでしょう。

見てくれは悪い、けれど頭は切れるし、

腕っ節も強い。なにより誠実だ、

なんてね。

その軍平が連作のそれぞれで

異なる美女と知り合い、相思相愛となるものの、

いろいろあって、結局は結ばれないという

「男はつらいよ」の寅さんとマドンナそのままの

パターンを繰り返します。

うーん。何というか、昭和ですねえ。

ミステリとしては少しも古びてませんが、

恋愛小説としてはある程度レトロ感を楽しむつもり

の方がいいかも知れません。

もちろん相手を思っての故なんですが、

軍平が女性に手を挙げる場面

なんかもありますし。

 

 

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表題作『運命の八分休符』

 

表題作である『運命の八分休符』

連作の先頭に置かれています。

ざっとあらすじを紹介しておきましょう。

冒頭、ホテルの一室で有名ファッションモデル

が殺されます。

その疑いがライバルと目されていた

モデルの装子に掛かる。

装子は、アルバイトで

自分のボディガードを勤めていた軍平に、

自分の容疑を晴らして欲しいと頼みます。

実は容疑者はもう一人著名なデザイナーがいて、

動機は彼の方があるのですが、

彼にはアリバイが、

それもわずか2分の差で鉄壁のアリバイ

があったのです。

軍平はこのアリバイ崩しに挑むことになる――。

典型的なアリバイ崩しもので、

丁寧な伏線の張り方と、

少し神経質なくらいのフェアプレイ

が印象的な作品です。

けれども、お試しで連作の中で一つだけ読んでみよう

という場合は、

本作を選ぶことはお勧めしません。

実はこの作品だけ、連作の中で浮いてるんです。

何が浮いてるかというとトリックの質

になるでしょうか。

トリックの目指すところとでも

言えばいいかも知れません。

何のことだか解らないでしょうが、

これ以上言うとネタバレになってしまうので、

言えないのですよ。

これ以上言うなら普通のトリックだと

言うことになるでしょうか。

 

 

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ミステリマニアの基礎文献

 

ならば2作以降のトリックは

普通じゃないことになります。

はい、そうです。普通じゃありません。

たとえば2作目の『邪悪な羊』では

黒澤明の『天国と地獄』を思わせる

取り違え誘拐事件が発生します。

軍平は、被害者の少女が通っていた歯科医が、

彼の初恋の人だったために

事件に巻き込まれます。

最後に軍平が解き明かす事件の真相

には唖然とするしかありません。

以下3作、真相が明らかになる度に

「そう来るか」と、ミステリ好きなら

思わずつぶやいてしまうようなトリックが続きます。

なんというか、

なるほどと頷いてしまうんですよ。

正直、『運命の八分休符』を読んだ時点では、

恋愛観の古さもあって、

これは読み終えたら速攻ブックオフかなと

思っていたのですが、とんでもない。

全作通しての感想は、

これはミステリマニアの基礎文献である、

です。

かなりまじめにそう思います。

いつでも読めるようにしておかないとダメです、これは。

筆者の言葉が大げさかどうか、

ぜひぜひあなたも確かめてみてくださいな。

 

 

 

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