又吉直樹『劇場』文庫版あらすじと感想!映画も「モデルが作者本人に重なる」

 

今回ご紹介する一冊は、

又吉 直樹

『劇場』です。

 

行定勲監督がメガホンを握る

同名映画もただいま絶賛公開中。

 

主演の山﨑賢人さんとヒロイン役の

松岡茉優さんが、

小説内のカップルをどう演じてくれるのか、

非常に関心の集まるところです。

 

この『劇場』という小説は、

お笑い芸人でもある又吉直樹さんが

2015年に『火花』で芥川賞を受賞する前に

執筆されていた作品で、

又吉文学の原点ともいわれています。

 

本の帯には

「恋愛というものの構造がほとんど理解できていない人間が書いた恋愛小説です」

 

と書かれていますが、

本当でしょうか。

 

これほどまでに、読んでいて苦しくなる、

せつない恋愛小説もそう多くは

ないのではないでしょうか。

 

派手さはなく、

内へ内へとえぐっていく描写は、

さすが芥川賞作家の又吉さんならでは

だなぁと

敬服する気持ちでいっぱいです。

 

 

 

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又吉直樹『劇場』あらすじ

 

高校卒業後、大阪から上京し劇団を旗揚げした永田と、大学生の沙希。それぞれ夢を抱いてやってきた東京で出会った。公演は酷評の嵐で劇団員にも見放され、ままならない日々を送る永田にとって、自分の才能を一心に信じてくれる、沙希の笑顔だけが救いだった──。理想と現実の狭間でもがきながら、かけがえのない誰かを思う、不器用な恋の物語。芥川賞『火花』より先に着手した著者の小説的原点。

 

男は高校を卒業後、

演劇の世界で生きていくために

中学からの友人とともに大阪から上京し、

自分の劇団を持ちますが、

なかなか思うようにはいきません。

 

そんなある日、

心も体もすっかりボロボロの状態で、

ある女と出会います。

 

女は、女優を目指して青森から

上京してきているのですが、

家業を継ぐという名目で大学に

通った方がよいとの家族からの助言で、

服飾系の大学生でもあります。

 

永田と沙希はやがて、

東京の片隅の小さなアパートで

一緒に暮らし始めます。

 

演劇を生業とすることに拘るあまり

いつまでも甲斐性がなく、

それでいて感受性が強くて

破壊的でわがままな永田と、

そんな鳴かず飛ばずの永田の才能を、

それでも一心に信じて、

彼を褒めては常に明るく支える沙希。

 

気難しい性格の永田と

無邪気で奔放な沙希

との間にはしかし、

いつのまにか隙間風が

吹くようになっていました。

 

年月とともに永田自身も永田の周辺も

少しずつ変わっていき、

沙希の環境や気持ちも

少しずつ変わっていったのです。

 

 

 

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男と女が東京という都会で夢を追いかけることと現実を生きることのジレンマ

 

こてこての大阪弁をしゃべるせいか、

繊細さがそうさせるのか、

この主人公・永田という人物には終始、

又吉さんが映し出されて

仕方ありませんでした。

 

たとえば、沙希のアパートで

サッカーゲームに興じるくだり。

これは自分の好きな選手でオリジナルチーム

を作って対戦できるゲームなのですが、

 

フォワードを芥川と太宰のツートップにし、

中盤には漱石や三島、

サイドは泉鏡花や中原中也で固めるという、

 

又吉さんならではの人選で

真剣にゲームをしたり得点して

ニヤついている永田の様子は、

どうしても又吉さんのそれが

浮かんでしまいました。

 

ものすごく身勝手で、

理屈をこねくりまわし、

言い訳に言い訳を重ねて、

 

物事をいちいち複雑にとらえては

何でも重く考え、

常に苦悩しながら生きている永田は、

「一緒に暮らしている彼女を働かせて悠々自適に過ごせる男を羨ましいと思う。たとえば、ヒモなどという言葉に身をゆだね、他人から蔑まれる存在になっても恥と思わない男を、一旦は馬鹿にしたうえで羨ましく思う。」

「それでいて、『救いようがない男』という安易な堕落に逃げ込み、自分だけは居場所を見つけて上手く救われている人も羨ましい。自分は彼等と行動は似ているかもしれないけれど、実体は全然違う。僕には完全に負け切れない醜さがある。」

 

と、サッカーゲームに

熱中している傍らでさえ、

そんなことを悶々と考える男です。

 

沙希はそんな永田を明るく一生懸命支え、

励まし、

劇団の仕事がうまくいくよう

鼓舞するのですが、

 

そんな沙希の明るい振る舞いを見て

また永田は

「その表情を見て、そうだ、と気づく。この純粋な心の動きに触れると、沙希だけではなく二人の生活そのものが居た堪れなくなるのだ。」

 

と複雑な心境になるのでした。

 

街で出会った女の

アパートに転がり込んだ、

夢を追うだけの甲斐性のない男と、

 

それを痛々しいほどに

ひたすら支える女のこの物語に、

ラブシーンは一切登場しません。

 

好きだとか愛しているとかいうような、

ありがちなチープな言葉も飛び交いません。

 

しかしこれほどまでに

せつない恋愛小説が

かつてあったでしょうか。

 

昭和の時代からずっと絶えることのない、

東京ならきっと夢をつかめると

一縷の望みをかけて上京する若者の、

若いからこそできる極貧生活と、

日々食べて暮らして生きなければ

ならないという現実には、

どうしてもギャップがつきまといます。

 

コロナ禍で、東京ドリームはもとより、

外に出なくても仕事はできる、

どこにいても夢はかなえられるという

感覚を多少なりとも得た今の若者には、

 

ほんの10年前、

2010年代初頭までには

実際いくつもあったかもしれない

こんな物語や、

そこに登場する男女の閉塞した、

どうしようもなくて、

かけがえのないこんな時間は、

 

実感を持たなくなり、

遠いものになってしまうのでしょうか。

 

 

 

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誰にでもある普段封じ込めている心の薄暗い部分をえぐる

 

沙希は優しい、優しい人だと、

何度も何度も繰り返し永田が感じるように、

沙希は純粋で明るくてまっすぐで

素直で優しいです。

 

しかし永田は、

沙希のそんなところに

救われているはずなのに、

同時に傷つきもし、

そこを傷つけてもしまう・・・。

 

ひねくれているとか

根性が曲がっていると

批判するのは簡単ですが、

誰にでもそんな一面は持ち得て

いるような気がして、

どうしても憎めない男でもあります。

 

又吉さんは、こんな心の中の

物凄くコアな部分を突いてくるのです。

 

自分の劇団を気まずく離れていった

青山という女性とのメールによる

激しいケンカのシーンなどは、

沙希を愛するがゆえの永田の激昂ぶりに、

読んでいる私までもが

息が荒くなるほどでした。

 

この作品では、至る箇所において、

普通はなるべく蓋をして

開けないように自分でも見ないように

眠らせている心の内面の薄暗い部分を、

これでもかこれでもかというほど

えぐってきます。

 

中でも、嫉妬に狂う自分と、

それを見せまいと演技する自分、

演技していることをみっともないと思う自分

 

をそれぞれ客観視しているあたりは

生々しいです。

 

また優しい人は、

そうとは気づかずいつの間にか

自分を犠牲にして疲弊していて、

それに気づいたときにはもう

どうにもならず

崩壊してしまっていることも、

 

それ自体に永田が気づく場面も、

えぐられた内面の欠片が

突き動かす言動が

せつなすぎるのです。

 

二人の生産性のない他愛ない会話に

居心地の良さを覚えつつ、

演劇の世界と現実の世界

行きつ戻りつしながら進行していく

 

この物語の結末は、

そのテーマの投影が

見事としかいいようがありません。

 

号泣します。

心の奥底からぶわっと何かが

噴き出してくるような涙が溢れます。

 

後半で泣かせるストーリー展開は

毛嫌いしていたはずなのに、

 

この主人公・・・。

そこもまた、

又吉さんの憎い演出なのかもしれません。

 

 

 

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