今回ご紹介する一冊は、
アレン・スティール著
『キャプテン・フューチャー最初の事件』
です。
かつて――。
火星の砂漠には古代火星人のうち捨てられた都市があり、
火星人たちはその文明の残滓を細々と受け継いでいました。
金星は大海に覆われた星で、
その深い水底には古代文明の遺跡を
潜ませていたのです。
そして、木星の有毒大気の層を突き抜けた
先の地表には、大火炎海が燃えさかり、
そのほとりに木星人たちが……。
それも今は昔。
現在の惑星科学が明らかにするところに拠れば、
火星は希薄すぎる大気しか持たない、
極寒の死の世界ですし、
逆に金星は鉛も溶ける焦熱地獄で、
大海どころの話じゃありません。
木星に至っては恒星になりそこねた
超高温高圧のガスの塊で、
その大気に突っ込むのは太陽相手に同じことを
するよりは少しはマシという愚行です。
最新科学が明らかにする、
こうした現実の惑星の素顔に
ロマンがないなんてことは、
口が縦に裂けても申しませんが、
調査研究が不完全だった頃に、
その未踏査の闇を逆手にとって、
空想の翼を存分に羽ばたかせた物語群に
別種の魅力があったことも否定はできません。
キャプテン・フューチャーこと、
カーティス・ニュートンの物語もその中の一つでした。
ヒーローパルプというのは第二次大戦前の
アメリカで流行ったパルプ雑誌のスタイルで、
ヒーローと同名の雑誌を創刊し
(言い方を変えると雑誌と同名のヒーローを創って)、
彼が活躍する長編を読み切りで
掲載していくというものですが、
幾多のヒーロー雑誌が乱立する中、
キャプテン・フューチャー誌は
図抜けた人気を誇ったと言います。
作者のエドモンド・ハミルトン氏は
稿料が安いせいで(まあパルプ雑誌ですから)、
ろくに推敲もせずに殴り書いていたそうですが、
スペースオペラらしい起伏に富んだストーリーと
キャラクターの魅力はもちろん、
破天荒なアイデアのつるべ打ちは、
実はSFとしてもレベルが高い。
本国アメリカでは、その点で長く正当な評価を
受けられなかったそうですが、
日本では野田昌宏氏という紹介者・翻訳者に
恵まれたこともあり、
一貫して人気とともに高評価を保っていました。
七十年代にはアニメ化もされています。
そして二千十年代に入って、
宇宙開発ものを得意とする
SF作家アレン・スティール氏によって
「ハミルトンの小説へのオマージュでもなくパロディでもなく、新世代の読者に向けて《キャプテン・フューチャー》を二十一世紀によみがえらせようという試み」(著者あとがきから引用)
が始まりました。
それが、
本書「キャプテン・フューチャー最初の事件」
です。
目次
最初の事件
ヒューゴー賞・星雲賞受賞「キャプテン・フューチャーの死」の著者が、
正典を読み込み、完全リブートした傑作
これこそ21世紀のスペース・オペラ!のちにキャプテン・フューチャーの名で太陽系八惑星に知られるカーティス・ニュートンと三人の仲間、フューチャーメンが挑んだ最初の事件! デネブ人のものとされる月面の遺物が観光用に保存されると決まった式典で、演台に立った月共和国選出の有力議員コルボ。この男こそは、カーティスの幼年期に天才科学者の両親を虐殺した張本人だった。復讐を果たそうとするカーティスたちを、惑星警察機構のエズラとジョオンはマークする。ヒューゴー賞・星雲賞受賞作「キャプテン・フューチャーの死」の著者が、正典を入念に読み込み、完全リブート!
月共和国選出の議員ヴィクター・コルボ
が演壇に立った、
月面古代遺跡での式典。
そこで惑星警察機構ジョオン・ランドールと
エズラ・ガーニーは聴衆の中にどこか奇妙な
青年を見つける。
彼、カーティス・ニュートンは自ら開発した
人造人間製造技術の軍事転用を拒んだために、
コルボに殺された科学者夫妻の遺児だった。
夫妻の死後、人造人間オットー、ロボットのグラッグ、
夫妻の友人の科学者で遺体から取り出された脳だけが
生きているサイモン・ライト博士ら三人によって
育てられたカーティスは両親の復讐を果たすため、
ジョオンらの追跡をかわして、
コルボの邸宅に忍び込む。
しかしそこで彼は、
暗殺されそうになった
太陽系主席ジェイムズ・カシューの
命を救ってしまい――。
アレン・スティール氏によるリブート作は
カーティス・ニュートンが如何にして
キャプテン・フューチャーとなったかを
描く前日譚として始まります。
あらすじはわざと固有名詞を散りばめたのですが、
シリーズの愛読者なら笑み崩れてしまうような
名前の連発です。
お話の後半ではこれに加えて
コルボの息子である「火星の魔術師」こと
ウル・クォルンとその愛人ヌララが加わって、
火星を舞台に派手な活劇を繰り広げます。
舞台は太陽系
キャプテン・フューチャーをリブートするに
当たって最大の問題は、
冒頭に記したように太陽系に関する常識が
ハミルトン氏の時代とまるで異なっていることです。
七十年代のアニメ版でも舞台を銀河系に移していました。
これはテレビ局の要請で、
アニメで脚本などを担当された辻真先氏は
不満だったようですが、仕方がないでしょう。
魔物の人権が認められた現代日本とか、
蒸気動力のコンピュータが実用化された
十九世紀末ロンドンとかを
あっさり受け入れる今時の視聴者でも、
科学的常識に関しては変に保守的ですから。
で、
「リアルな宇宙開発ものを本領」(訳者あとがきから引用)
とするアレン・スティール氏の出した答えは
現代科学に沿った太陽系を舞台にする、でした。
月や火星や外惑星の衛星に、
ドーム都市や地下都市が築かれ、
同時にテラフォーミングも進行中。
そして人類は
そうした過酷な環境に適応するため、
遺伝子改造によって太陽系人に
人口進化中という世界です。
こうした設定は本作では十全に活かされてるとは
言いがたいのですが、
その辺は続編でのお楽しみと
言うことになりそうです。
フューチャーメン誕生
前日譚であるので、
「最初の事件」はいろんなことを
説明してくれます。
パルプ雑誌のヒーローとして当たり前なのですが、
常識的に考えればかなり恥ずかしい
「キャプテン・フューチャー」を、
なぜカーティスが名乗るようになったのかとか。
そしてお話のエピローグでは
グラッグたちのペット(ムーンドッグに隕石モグラ)
も含むメンバーが勢揃いし、
太陽系主席からフューチャーメンと名付けられます。
それだけで旧作のファンとしては胸熱なのでですが、
ここでサプライズ、主席があることを表明するのです。
それが何かは伏せておきますが、多分、
ここまで引っかかっていたことがあるはずの、
ハミルトン版のファンとしては
やられたと言うしかないでしょう。
この終わり方を見ると、
リブートの第二弾が待ち遠しいですね。
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