今回ご紹介する一冊は、
下村 敦史(しもむら あつし) 著
『同姓同名』です。
2020年9月発行で、
もう重版されました。
それほど、世間の注目を
集めているという証拠ですね。
『同姓同名』は、数々の推理小説を
手掛ける下村敦史さん自らが
「勝負作」と意気込む最新作です。
下村さんは、2006年より
9年連続で江戸川乱歩賞に挑戦され、
5度、最終候補に残りました。
そして2014年、
『闇に香る嘘』でついに
第60回江戸川乱歩賞を受賞。
この作品で小説家デビューを果たしました。
今回はなんと、登場人物の全員が
同姓同名という、
極めて斬新なアイデアにチャレンジ。
読者が混乱すること必至でありながら、
表現の一字一句に気を配り、
それぞれの人物が特定できるように
工夫したとご本人が語っておられます。
名前というものが持つ意味、
自分とは何者なのかという問い。
そして一番の読みどころは、
SNSが世の中でどれほどの威力を
放っているかという点
ではないでしょうか。
超リアル社会を反映した
ミステリー小説です。
目次
下村敦史『同姓同名』 あらすじ
登場人物全員、同姓同名。
ベストセラー『闇に香る嘘』の著者が挑む、
前代未聞、大胆不敵ミステリ。大山正紀が殺された。
犯人はーー大山正紀。大山正紀はプロサッカー選手を目指す高校生。いつかスタジアムに自分の名が轟くのを夢見て
練習に励んでいた。そんな中、日本中が悲しみと怒りに駆られた女児惨殺事件の犯人が捕まった。
週刊誌が暴露した実名は「大山正紀」ーー。報道後、不幸にも殺人犯と同姓同名となってしまった
"名もなき"大山正紀たちの人生が狂い始める。これは、一度でも自分の名前を検索したことのある、名もなき私たちの物語です。
日本中を震撼とさせた
猟奇的女児殺害事件が起きました。
殺害事件の犯人は、
惨殺にもかかわらず
16歳ということで実名報道
はされませんでした。
しかし、そのことがSNSで炎上し、
それをきっかけにある
週刊誌が名前を公表。
世にもおぞましい事件を
起こしたのは「大山正紀」
という人物でした。
その頃、プロを目指して
高校でサッカーひと筋に
励んでいた別の大山正紀も、
コンビニバイトで冴えない
人生を送っていた、
また別の大山正紀も、
その名前ゆえに周囲から
あらぬ差別や偏見を受け、
人生を狂わされていきます。
全国には他にも
大山正紀が何人もいました・・・。
7年後、殺人犯大山正紀が
出所したのを受け、
世間で忘れられていた名前が
再び晒されることに。
「大山正紀」によって
大小さまざまな悪影響を
及ぼされた全国の大山正紀たちは
「”大山正紀”同姓同名被害者の会」
を結成します。
最初はお互い、
その名前によって苦しめられた
経験を語り合い
共感しあうだけでよかったのが、
いつしか犯人を探し出す
というのが会の目的に
なっていました。
実際に犯人捜しの活動を
始めていくと、
思いもよらぬことが・・・。
下村敦史『同姓同名』 名前が持つ意味
これまで同姓同名の人に実際、
出会ったことはありませんが、
探せばいるのかもしれません。
ネットが普及した現代では、
エゴサーチといって
自分の名前をネットで自ら検索する
行為も普通に行われています。
すると自分ではない
同姓同名の他人が
何か活躍していたり、
或いは犯罪を犯していたりする
事実も見つかるかもしれません。
その時、どんな気持ちになるのか?
と考えてみると、
名前というものが持つ意味と
何だろうという疑問も沸き上がります。
名前は個人を特定するもので
ありながら特定できないもの、
ある時は功績を讃える
誇らしいものにもなり、
ある時は憎しみや屈辱を
受けるものにもなる、
そんなところでしょうか。
マイナンバー制度が導入され、
近い将来、
私たちはナンバリングされます。
それを嫌悪する人たちも
いるようですが、
この作品のように、
名前で苦しめられるという被害
は少なくとも、
なくなるかもしれません。
本書は、全員「大山正紀」なので、
誰のセリフなのか、
誰の行動なのか不明なまま
読み進めなければならない箇所もあり、
たしかに混乱も生じました。
しかしそこはさすが
下村さんの巧みな技法。
読んでいくうちに次々と解き明かされ、
スッキリすると同時に、
怒りや憎しみといった
ネガティブな思考から、
被害を踏み台にしてポジティブに
移行していく展開も
気持ちがよかったです。
下村敦史『同姓同名』 ネット社会の闇
コロナが流行し始めた当初、
自粛警察なるものが各地に現れました。
いつの時代にも「正義」を
振りかざす人や、
「私刑」を言い渡す人はいるものです。
現実社会でそうなのですから、
匿名性のあるネット社会
ではなおさらのこと。
本書からは、SNSの恐ろしさを
存分に思い知らされました。
軽い気持ちでの発言、
軽い気持ちでの攻撃、拡散。
またはよかれと思って発した
お節介な一言。
それに乗っかる言葉たち。
あるいは誤報もあります。
確実性がなくても匿名なら
無責任に発言でき、
またそれを簡単にまき散らすこと
が可能なネット社会。
そういったことが、
その先にどんな事態を
もたらすことになるのか、
いま一度よく考えなければいけません。
自分の軽率な一言が、
誰かの一生を狂わすことになるかも
しれないのです。
誰にでも自己承認欲求
というものがあります。
現実世界で努力してそれを成すのは
なかなか大変な場合もありますが、
ネットなら容易です。
正しいと思う発言をして、
誰かの賛同を得ればいいのです。
だからといって、
ネットに頼りすぎる現代人は、
他人を傷つけることに
無自覚すぎるように思います。
本作品は、スマホが駆使されて
展開していきます。
スマホの恩恵に与る場面も
多々見せながら、
SNSに埋没する人間心理や、
SNSに振り回される現代人
ならではの思考や言動の危険性が、
ぐつぐつとあぶり出されています。
まさに今のリアル感が
半端なく押し寄せてくる作品で、
ミステリーとしての楽しみ方の他に、
自己投影したり自らを省みながら
読むのもいいと思います。
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