今回ご紹介する一冊は、
奥泉 光(おくいずみ ひかる)著
『死神の棋譜』です。
将棋を大きなテーマにして、
現実とファンタジーが交錯する
ミステリー小説です。
奥泉光氏の作品で一番有名なのは
『「吾輩は猫である」殺人事件』
でしょうか。
それ以外だと、
特に目立った作品はありませんね。
奥泉氏は将棋の熱心な
ファンなようで、
それがこの作品を
書かせたのでしょう。
『死神の棋譜』の年代設定は2012年。
同氏はこの時、
第70期名人戦第5局の観戦記を
執筆しました。
そしてこの物語は、
2011年第69期名人戦から
スタートします。
その夜、ある詰将棋の図式を拾った
男性が姿を消すのです。
表紙には、まるで将棋の駒
「歩」を狩るように死神が
描かれています。
これが何を意味するのか、
解いていくつもり読んでいくと
いいと思います。
目次
奥泉光『死神の棋譜』 魔道会からの挑戦状
名人戦の日、不詰めの図式を拾った男が姿を消した。
幻の「棋道会」、美しき女流二段、
盤上の磐、そして将棋指しの呪いとは──。
圧倒的引力で読ませる前代未聞の将棋ミステリ。
――負けました。これをいうのは人生で何度目だろう。
将棋に魅入られ、頂点を目指し、深みへ潜ってしまった男。
消えた棋士の行方を追って、
北海道の廃坑から地下神殿の対局室までの旅が始まる。
芥川賞作家が描く傑作将棋エンタテインメント。
物語は、ある謎多き詰将棋の問題
を巡って進んでいきます。
曰く付きのこの詰将棋の図式。
なんと2人の棋士が、
この詰将棋の図式を発見したのち、
失踪していたのです。
22年前には、十河という棋士が。
そして今、夏尾という棋士の
突然の失踪。
その謎を、将棋界という出版社の
ライター北沢が追っていく
というストーリです。
「この詰将棋を解いた者は来たれ」と、
その詰将棋には書かれているのですが、
それは戦時中「棋道会」と
名乗る将棋に宗教的な意味合いを
持たせた団体でした。
別名「魔道会」。
北沢は、奨励会時代の先輩である
天谷という男や、
各棋士からその団体の素性
を知っていき、
その本拠地がある北海道へ向かいます。
時代こそ違えど、
十河と夏尾の2人は
魔界に引き寄せられるように
北海道へ向かったようです。
北海道は姥谷にあったのは、
地下神殿の対局室。
その地下神殿は夢か現実か。
運よくそこから抜け出すことの
出来た北沢は、
22年前と現在の失踪事件の
共通点や登場人物の謎を探っていき、
結論に近づいていきます。
奥泉光『死神の棋譜』 現実とファンタジーと将棋
仮に、
将棋が全く分からないという方は、
この小説はお勧めしません。
かなりの苦痛だと思います。
私自身、齧ったくらいですが
将棋に対して知識はありました。
しかし、いざ小説で将棋盤の
どこどこに何の駒がある、
しかもそれがファンタジーの中の
描写だと中々分かりづらいものが
ありました。
物語の中盤、地下神殿での対局が
行われるのですが、
将棋に対するきちんとした
知識なしでは、
読むのがつらいと思います。
ミステリー的には読んでいて
面白かったですね。無
駄な登場人物が一人もいません。
22年前の十河の失踪が、
現在の夏尾の失踪の謎解読に
いいヒントになるところが多く、
この点は読んでいてわくわくしました。
あと、所々に将棋的な表現が
使われていて面白かったです。
途中、共に謎を解くパートナーとして
玖村女流棋士が出てきます。
彼女も物語の重要なキーパーソン。
北沢の方から彼女に思いを
寄せていくのですが、
その思いを比喩するように
「歩が金を射止められるか」などと
随所に出てきます。
よく考えると、
普段使っている「詰んだ」などの
表現も将棋から来ているものですね。
最後は、
夏尾の関係者のメールのやり取り
で終わってしまい、
少し肩透かしな感が否めませんでした。
全てを明らかにしてほしいとまでは
言いませんが、
もう少し様々な謎を解いてから
物語の結末を迎えたかった
と思います。
地下神殿がいったいなんであるのかも、
棋道会の謎も不明瞭なままになっています。
これが奥泉ワールドだと
言われてしまえばそれまでなのですが、
私個人としてはもうひと盛り上がり
欲しかったところです。
奥泉光『死神の棋譜』 奨励会とプロ棋士の間で
以前、ドキュメンタリーで
プロ棋士になるのはかなりの狭き門
であると見たことがあります。
年齢制限は27歳までで、
その年までに4段(プロ)に
上がれなければプロ資格は
勝ち取れないのです。
『死神の棋譜』の中で、
失踪してしまう2人は共に3段の棋士。
プロ一歩手前ですが、
そこからがとてつもない
難関だというのです。
言わばラストチャンス。
絶対に失敗できない状況下、
他力本願の気持ちが働き、
宗教的な力を将棋に
もたらせてくれる魔道会に
引き寄せられて行ってしまった
のではないかと、
読んでいて思いました。
将棋界には、阪田三吉など
伝説的な人物も多く存在し、
この本に出てくる魔道会的な団体
も将棋指しの間では
あるのかもしれません。
最後に、嬉しかったのは
非将棋ファンでも分かる
羽生善治先生の登場でしょう。
しかも、地下神殿に
入っていこうとする
羽生先生が拝めます。
贅沢を言えば、
羽生善治対魔道会なんて対局も見たかった。。
というのは贅沢でしょうか。
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