今回ご紹介する一冊は、
綿矢りさ 著
『私をくいとめて』です。
1984年に京都府に生まれた
綿矢りささんは、
17才の若さで小説家デビュー
を果たしました。
2004年には芥川賞を受賞。
当時19才という最年少での受賞が、
とても話題になりました。
綿矢りささんの描くヒロインは、
どこか満たされないけれど、
自分なりに一生懸命生きている女性
が多いように思います。
心理描写や、
日常の些細な出来事を
切り取った場面が、
とてもリアルに描かれています。
ヒロインが、
10代でも、20代でも、30代でも、
「わかる!すごくわかる!」
と叫びたくなる。
そんな親近感があります。
本作のヒロインは、
もうすぐ33才になる独身女性
のみつ子です。
色々とこじらせてしまっている
独身女性の胸の内が、
ちょっと自虐的に描かれていて、
その気持ちが痛いほど
伝わてくる物語になっています。
綿矢さんワールド前回の物語の魅力を、
お伝えさせていただきます。
目次
綿矢りさ『私をくいとめて』「A」はもう1人の私
感情がいたずらに揺れ動かないように
「おひとりさま」を満喫する
みつ子の圧倒的な日常に共感!黒田みつ子、もうすぐ33歳。
悩みは頭の中の分身が解決してくれるし、
一人で生き続けてゆくことになんの抵抗もない、
と思っていた。でも、私やっぱりあの人のことが好きなのかな
いつもと違う行動をして、
何かが決定的に変わってしまうのが
こわいんだ――。同世代の繊細な気持ちの揺らぎを、
たしかな筆致で描いた、著者の真骨頂。-------------------------------------
日常の中で、みつ子に出会うことは多い。
好きな人、気になっている人はいるけど
今の関係を崩したくない、という逡巡は
この一年で四人から聞いた。(中略)
この十年ほど、みつ子力の強い人は
男女を問わず増え続けている。
(金原ひとみ「解説」より)
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33才、ひとり暮らしのみつ子は、
週末はそれなりにアクティブに動けます。
大好きな食品サンプルを
作りに出かけたり、
部屋をすみずみまで片づけて
快適にしたり。
ひとり焼肉だって、
ひとりプチ旅行だって、
なんとかこなせます。
ひとりでいることに
何も不自由なんか、感じていない。
そう思っていたみつ子でしたが、
ある日突然、
とてつもない孤独に襲われ
動けなくなります。
そんなときに、
突然聞こえただれかの声。
脳内の話し相手は、いつも敬語で、
みつ子に話しかけてきます。
きっと、みつ子の分身のはずなのに、
なぜかその声は男性です。
「A」 と名付けたその声は、
気づけば、いつもみつ子の相談相手。
恋愛の話もできるし、
日常のなにげない時間に呼びかけると、
そっと、相槌をうってくれます。
みつ子って、
「A」をすごく頼りにしてるけど、
結局は、「A」って自分だよね?
思わず、そうツッコミたくなる
シュールな設定です。
けれど、「A」とみつ子の
脳内会話のキャッチボールが、
実にスムーズで、
まるで他人同士が会話しているみたい。
脳内会話ができたら、
ひとりでも、寂しくないのかも?
そんな気持ちにさせられて、
自分の脳内に話しかけてみたくなります。
綿矢りさ『私をくいとめて』恋愛ってどうするんだっけ?
会社の取引先の多田くんは、
本当は、みつ子にとって、
気になる相手。
それなのに、
みつ子は正直に「好き」と
認めません。
月に1,2回、多田くんはみつ子の
手料理をもらいに家にやってきます。
玄関先で受け取って終わりです。
ただそれだけの、不思議な関係です。
前に進みたいけれど、
進む勇気が持てない。
今の関係が壊れるのが怖い。
みつ子は、ちょっとプライドが
高くて、臆病なのです。
相手の気持ちも、勝手に想像して、
心の中で自己完結してしまいます。
けれど人の恋愛のことになると、
客観的にちょっとピリ辛な分析
をしたりして。
頭でっかちだし、じれったい。
でも、自分にもそういう部分って
あるかもしれない。
なんだか共感してしまうのです。
大きな冒険もなければ、
自分を傷めつけたりもしない。
これまでの生活のまま、
殻を破る勇気はなかなか
湧いてきません。
でも、ほんの少し、
なにかが変わったらいいのに。
いつも秘かに願いながら、
みつ子はいつも通りの日常を、
なぞるように過ごしていきます。
綿矢りさ『私をくいとめて』孤独との付き合いかた
孤独に呑み込まれそうなみつ子に、
「A」は教えてくれました。
「孤独は、人生につきものです。誰かといても、癒されるものではありません。はっきりと意識してはだめです。
ふわふわと周りに漂っているときは、息をひそめて吸うのを避けるのです」
孤独を強く意識しすぎると、
抜け出せなくなる。
当然、いつもそばにあるものとして、
当たり前のように漂わせておけばいい。
そんな技があったのか!と、
衝撃を受けました。
「A」の言葉は、
みつ子自身の中にある言葉
のはずなのに、
みつ子はいつも、
「A」に救われています。
自分に一番寄り添ってくれるのは、
自分自身なのかもしれません。
みんないつも何かに不満を持って、
孤独もちゃんと連れていて、
それでも懸命に生きている。
そんな毎日に、
小さな幸せが訪れたらいいなと、
みつ子にも、
自分自身にエールを
おくりたくなる作品でした。
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