今回ご紹介する一冊は、
竹書房から出版されている、
『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』
です。
本邦におけるSF出版と言えば、
皆さん御存知の通り、
早川書房と東京創元社の
2社が双璧と言えます。
そんな中、近年急速に
存在感を増してきたのが
竹書房です。
ルーシャス・シェパードの
『竜のグリオール』シリーズや
ラヴィ・ティドハーの
『黒き微睡みの囚人』、
「ワイドスクリーン・バロック」
の元祖・チャールズ・L. ハーネス
の『パラドックス・メン』
と言ったマニア心を
くすぐる作品を連発、
更には
日本SF短編年間ベストアンソロジー
の刊行も東京創元社から
いわば「引き継ぐ」形
になりました。
そんな竹書房から
新たに刊行されたのが
『シオンズ・フィクション』です。
なんとイスラエルSF傑作選
なのだそうです。
正直、
イスラエルのSFと言われて、
何らかのイメージが湧く人
はあまりいないでしょう。
無理やりひねり出しても、
ロシア・東欧系の移民が
多いらしいので、
ソヴィエトSFのぶっとんだ部分
を受け継ぐような感じなら
楽しいかな、
くらいのことしか、
筆者も思いつきません。
実際に出版された本を
見てみると、
七〇〇ページを超える、
分厚い一冊で短編を
十六作品収録し、
個々の作家について
詳細な紹介文を付ける
というボリュームです。
ではそろそろ、
この未知の世界に踏み入るべく、
いくつかの短編を
取り上げてご紹介したい
と思います。
目次
『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』 「オレンジ畑の香り」(ラヴィ・ティドハー)
イスラエルと聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
驚くなかれ、「イスラエルという国家は、本質的にサイエンス・フィクションの国」(「イスラエルSFの歴史について」)なのだ。
豊穣なるイスラエルSFの世界へようこそ。エルサレムを死神が闊歩(かっぽ)したり(「エルサレムの死神」)、
進化した巨大ネズミに大学生とぽんこつロボットが挑んだり(「シュテルン=ゲルラッハのネズミ)、
テルアビブではUFOが降りてきてロバが話し出すこともある(「ろくでもない秋」)。
あなたは、天の光が消えた空を見つめる少年(「星々の狩人」)や
悩めるテレパス(「完璧な娘」)とも出逢うだろう。
アレキサンドリア図書館(「アレキサンドリアを焼く」)に足を踏み入れ、
無慈悲な神によって支配されている世界を覗くだろう(「信心者たち」)。未知なる星々のまばゆいばかりの輝きをあなたは目にする。
その光はあなたの心を捉えて放さないはずだ――。
ロバート・シルヴァーバーグによる序文、編者によるイスラエルSFの歴史をも含む、知られざるイスラエルSFの世界を一望の中に収める傑作集。
冒頭を飾るのは
ラヴィ・ティドハー氏の
『オレンジ畑の香り』です。
ティドハー氏は先に触れた
『黒き微睡みの囚人』の他、
ブックマン秘史三部作
(ハヤカワ文庫、2013)など
日本ではもっとも紹介の
進んでいる
イスラエルSF作家
ではないでしょうか。
『オレンジ畑の香り』は
宇宙港が築かれた、近
未来のテルアビブが舞台です。
主人公は中国=スラヴ系で、
彼の父親は神様みたいなもの
〈他者〉に、
「子供たちにわたしのことを
覚えていてほしい」
と願いをして、叶えられます。
それは
脳内インターフェイスに寄生する、
正体不明の有機体で、
それのために彼の一族は、
一族すべての記憶を
共有する羽目になります。
主人公はそれを檻のように感じ、
記憶から逃れるために
火星まで行きますが、
有機体の暴走のために、
父親が危篤になったと聞いて、
テルアビブに帰ってくる、
そんなお話です。
興味深いのは〈他者〉で、
正直なんだかよく分からないのですが、
宇宙人かと思えばそうではなく、
ハイテクによって生み出された
デジタル存在なのだけれど、
一種の有機体(?)らしい。
そんな存在がお賽銭を取って、
代わりに願いを叶えてくれる
民間宗教の神様的に描かれる。
こういうのが、
尖ったアイデアやガジェットを
ろくに説明もなしに、
放り出していくのは
サイバーパンク以降のSFでは
定番のスタイルで描かれる。
そのさまが実にスタイリッシュです。
基本ディテール重視のお話
だとは思いますが、
コア的なストーリーは
記憶を巡る父=息子間の
葛藤と和解といったところです。
少し分かりづらいかな。
タイトルのせいで
ガッサーン・カナファーニー氏の
『悲しいオレンジの実る土地』
(『ハイファに戻って/太陽の男たち』
河出文庫、2017収録)
を連想して、
読んでる間、筆者が
落ち着かなかったせい
かも知れませんが。
『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』 「完璧な娘」(ガイ・ハソン)
『完璧な娘』は百ページを
超える中編作品で、
これは収録作中の最長です。
お話の方は接触型のテレパス、
つまり他人に触れることで、
その人の思念を読み取ること
のできる超能力を
コアにしたSFミステリです。
まだ若い女性である語り手が、
能力を発現させてしまったために、
それまでの生活から
引き剥がされ、
テレパスのためにだけ
造られた学園に送り込まれた、
ところから物語は始まります。
この設定だけ見ると、
深夜アニメで毎シーズン一本は
やってそうな感じですね。
深夜アニメなら、
主人公は入学早々
ツインテールの美少女に
抱きつかれて、
「お友達になって」とか
言われるんですが、
残念ながら、
本作の主人公はずっと
鬱屈しています。
学園で彼女が任せられたのは
死体置き場。
実は死者の記憶を
読み取ることもできる、
という設定です。
最初の死者は
驚くような美少女で、
彼女に魅せられた主人公は、
その記憶を読み取って、
自死の理由を探ることに
熱中していきます。
そして徐々に彼女の記憶に
人格を侵食されていく、
というようなお話です。
死者の残留思念を
読み取ることのできる捜査官
という設定は、
SF(オカルト)ミステリでは
決して珍しくありませんが、
その手の作品とは
あまり共通点がありません。
むしろ超自然的な
アイテムが出てこない、
ノーマルのミステリの手触りに近い。
例えば、死者の日記帳や
手紙を手にしてしまった探偵役が、
その記述を手掛かりに、
その死に謎に迫ると
いった体の作品です。
主人公の鬱屈と死者の死へ
向かう歪んだ意思が共鳴して、
主人公がいわば死者に
取り憑かれたようなっていく
辺はオカルト的で、
なんとも重層的な作品です。
『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』 「信心者たち」(ニル・ヤニウ)、「エルサレムの死神」(エレナ・ゴメス)
日本の現代小説を読んだ、
海外の読者が
「ニンジャもサムライも出てこない」
と言うようなものかも
知れませんが、
このアンソロジーには
日本の読者にとって、
地名を別にすれば、
イスラエルやユダヤを
連想させる作品はさして
多くありません。
「信心者たち」と「エルサレムの死神」
はその例外です。
前者では旧約の神が突如復活して、
些細な戒律の違反
(例えば乳製品と肉類を一緒にする)
をしでかした人間を、
即座に八つ裂きにしてしまう
ようになった、
ろくでもない世界で、
レジスタンスを試みる者たちを
描いた作品です。
その闘争の方法がユニークで
漫画化したら楽しそうです。
「エルサレムの死神」は
現代のエルサレムで暮らす、
普通の女性がプロポーズされた、
完璧すぎる男性の正体が
死神だったというお話です。
死神にはそれぞれ担当があって、
彼の担当は〈銃殺〉。結
婚式で彼女は他に
〈疫病〉や〈事故〉や
〈自殺〉や〈戦争〉の死神
と出会います。
けれど式の最後になって、
新郎の「ユダヤ人の結婚式に悪趣味だ」
という断りを押し切って、
もう随分前に引退した
という死神が押しかけてくる。
さて彼の正体は?
というのはプロットのコア
ではありませんが、
どうしてもそこが
いちばん印象に残ります。
『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』 SFアンソロジー
ご紹介した四編以外にも十二編、
ばらつきはありますが、
どれも水準は超えている
ように思います。
イスラエル云々抜きで、
単純にSFのアンソロジー
としても高水準でしょう。
ティドハー氏くらいを例外にして、
ほとんどの読者にとって、
知ってる作者名が一つもない
アンソロジーだとは思いますが、
SFに興味のある読者なら、
読まない手はないでしょう。
『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』 竹書房の出版予定リスト
十一月に欧米では発禁ものだという、
悪名高いサイバー・ポルノ、
イアン・ワトスンの
『オルガスマシン』
が出るようです。
さすがは指定暴力団(BY大川ぶくぶ)。
で、来年の予定を見ると
『ノヴァ・ヘラス』。
何かと思えば〈ギリシャSF傑作選〉
だそうです。
え? ギリシャSF?
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